熱き心を抱く医師に
―講座に着任されて12年。講座の特徴は。
現在、学内には、15人の医師がいます。講座の柱は臨床で、静岡県西部、愛知県東部からの患者さんが中心です。頭頸部のがんの治療と、慢性中耳炎、人工内耳といった耳の手術を主にしています。
すべてのがんのうち、5%程度の割合を占める頭頸部がんは、咽喉頭、鼻、口腔、そして甲状腺と分かれています。
現在でも頻度が最も多いのは喉頭がんです。喫煙との因果関係が深く、これまでは患者さんのほとんどが男性でした。しかし、女性の喫煙率が高くなっているのに伴い、最近では、女性の患者さんも増加しています。
近年の特徴は、中咽頭がんや下咽頭がんが爆発的に増えていることです。中咽頭がん(多くは扁桃がん)では、患者さんの5〜6割から、子宮頸がんの原因でもあるヒト乳頭腫ウィルス(HPV)が発見されています。軟口蓋にできるものは飲酒との関連が深いです。
講座の研究テーマも、発がん遺伝子の研究です。
なかでも、遺伝子の配列は変わらなくとも、遺伝子を成す塩基のうちのシトシンが、何らかの原因でメチル化することによってがん化するのでは、というエピジェネティック変化の解析がテーマです。
例えば、HPVを持っている患者さん全員ががんになるわけではありません。何が、がん化に影響を及ぼしているのか。遺伝子レベルでの解明を目指しています。
―治療の特徴は。
私たちの領域は、特に、患者さんのQOL(生活の質)を大事にした治療が求められています。例えば鼻のがんですと、手術で顔の半分がなくなることがあります。あるいは舌のがんでは、話す、食べる、飲み込むといったことができなくなったり、喉頭がんでは声が出なくなることもあります。
しかし、現在は、病気を治療し、最終的には、社会に復帰していただくことが一番の目標となっています。機能が失われないように、できるだけ低侵襲な治療をし、それが難しい場合には、再建を含めて考えることが大切です。
頭頸部がんは、放射線治療の効果が高く、化学放射線療法も、良い成績が出ています。早期であれば、なるべく手術をしないようにしており、現状では手術が6割、放射線治療単独あるいは化学放射線療法が4割です。
―貴講座での特徴的な治療は。
鼻のがんですと、そけい部から、カテーテルを入れ、高濃度の抗がん剤を腫瘍付近の血管に直接流し込む「超選択的動注化学放射線療法」を行っています。これまでの外科的治療を主体とした治療と比較しても、良い結果となっています。
また、喉頭と咽頭を取らざるを得ない下咽頭がんの場合、腫瘍除去後に、回腸を咽頭に移植して血管をつなぎ、声を出せるようにする「回盲部移植」も特徴です。自身の身体(回盲弁)を使って発声すると、人工物より自然に近い声がでます。
いずれも、耳鼻咽喉科の医師だけでできるものではなく、外科・放射線科・形成外科・口腔外科などを含めた総合力の高さが、良い結果につながっていると考えています。
―日本耳鼻咽喉科静岡県地方部会長も務められています。
こちらの活動の大きな目的は、静岡県内に耳鼻咽喉科の医師を増やすことです。現在、県内には約260人の医師がいますが、従来以上に専門性が求められているため、絶対数が不足しているのが現状です。県内で300人の耳鼻咽喉科の医師を確保することが必要だと考えています。
そのために、医師となる人に耳鼻咽喉科をアピールする目的で、本県地方部会のホームページの充実をさせるためのインターネット委員会を作り、常に新しい情報を発信するようにしています。
―耳鼻咽喉科や頭頸部外科のどのような点をアピールされますか。
耳鼻咽喉科は、外科から最初に派生した、比較的古い診療科です。普段当たり前に働いている「聴覚」「平衡覚」「嗅覚」「味覚」といった生きるために重要な感覚器を扱っており、患者さんのQOLに直接関わるため、患者さんの期待も高い仕事です。
また、子どもであれば「先天性難聴」「急性中耳炎」や、高齢者であれば「誤嚥(ごえん)性肺炎」など、幅広い世代の疾患に取り組むことも特徴です。このため、言語聴覚士や、管理栄養士など、さまざまな職種との連携も密になっています。
耳鼻咽喉科の手術は、内視鏡などの機材の進化にともない、急速に進化しているのも大きな特徴です。このため、技術を上げ、専門性を極めるトレーニングも必要であり、その分やりがいもあります。
人工内耳の手術では、これまで、全く音のない世界で生きていた子どもさんが、手術後、初めて「音」と出合う時に立ち会うこともあります。その瞬間の子どもさんの表情をみると、大変ドラマチックです。ヘレン・ケラーが、手に水をふれ、サリバン先生の口に手をもってゆき、「水」という言葉があるのを理解する。そして、「ウォーター」と発した映画「奇跡の人」の1シーンを思い起こさせます。
従来、人工内耳では、母国語以外の外国語は話せないという考えがありましたが、現在では2つの言語を話す子どもさんもいます。教育(人工内耳挿入後の訓練)の大切さと、子どもの能力の大きさに驚きます。
当講座の初代教授である野末道彦先生の「熱きハートなき者は去れ」という言葉は、代々受け継がれている考えです。自分で目標に向かって考え行動する、熱い情熱を持つ人たちと一緒にやっていきたいと思っています。
浜松医科大学医学部附属病院
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