前回まで、個人情報保護法上のカルテ開示制度についてみてきましたが、今回は、個人情報保護法の限界についてみてみましょう。
請求する側の限界として重要なのが、個人情報保護法による保護の対象は、あくまでも生存している個人に関する情報だということです。つまり、死亡した患者の個人情報はこの法律の適用外であり、遺族によるカルテ開示請求は想定されていません。
この問題は、カルテ開示制度化の議論の中で常に論点になってきました。
個人情報保護法は、「プライバシー=自己情報コントロール権」という考え方に基づく法律ですが、もともとこの権利は、個人の人格と密接に結びついているものであって、財産権などと違って相続の対象にならないと考えられています。亡くなった人の子どもが、親の自己情報コントロール権を、この情報については長男に、この情報については次男に、などと分割協議をしている場面は想定できません。自己情報コントロール権は、その情報主体が亡くなってしまえば、それとともに消滅するというのが、伝統的な考え方であり、個人情報保護法も基本的にその立場を採用しています。
またカルテ開示の必要性として、インフォームド・コンセントの実質化という意義も主張されてきました。しかし、インフォームド・コンセントは、これから行われようとする治療に関しての、十分な情報提供に基づく自己決定です。死亡した患者には、もはや行うべき治療はありません。したがって、この観点からも、遺族によるカルテ開示請求を根拠付けることはできません。
しかし、患者が生存している間はその請求に応じて開示しなければならなかったカルテなのに、患者が死んだ途端に、誰にも開示しなくてよくなるというのは、あまり自然なことではないように思えます。現実問題として、遺族が患者存命中の診療行為に不信を抱けば、裁判所による証拠保全という手続を利用することは可能です。「カルテを見たければ裁判官でも書記官でも連れて来い」などという態度は、誰のためになりません。
この問題について、厚労省の「診療情報の提供に関する指針」は、「医療従事者等は、患者が死亡した際には遅滞なく、遺族に対して、死亡に至るまでの診療経過、死亡原因等についての診療情報を提供しなければならない」として、故人の配偶者、子、父母およびこれに準ずるものによるカルテ開示請求を認めています。これを踏まえて、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱に関するガイドライン」も、「... ... 患者・利用者が死亡した際に、遺族から診療経過、診療情報や介護関係の諸記録について照会が行われた場合、医療・介護関係事業者は、患者・利用者本人の生前の意思、名誉等を十分に尊重しつつ、特段の配慮が求められる」として、「診療情報の提供等に関する指針」に従って、遺族に対して診療情報・介護関係の記録の提供を行うものとしています。
私自身は、遺族によるカルテ開示請求は、医療の透明性、アカウンタビリティーの観点から根拠付けられるものと考えていますが、いずれにせよ、厚労省の指針に従って、遺族からのカルテ開示請求に応ずることをお勧めしたいと思います。
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