質の高い政策医療を提供
●ひとつひとつの処置を確実に
全国に143ある国立病院機構の病院のなかで、当院が主に担っているのは、筋ジストロフィー・重症心身障害・神経難病などの政策医療です。
病床数は290床。そのうち一般病床が50床、重症心身障害病床が120床、筋ジストロフィー病床が120床です。
一般病床はほとんどが筋萎縮性側索硬化症(ALS)やパーキンソン病、ヤコブ病などの神経難病です。これらの患者さんは手足が自由に動かないだけでなく、徐々に呼吸ができなくなってくるんです。現在、当院では100人以上の患者さんが人工呼吸器を装着しています。また同時に嚥下障害のケアもしなければなりません。
これらの患者さんに対しては、しっかりとした呼吸管理をするのが何よりも大切です。効率を追求すると事故を引き起こしかねません。非効率かもしれませんが、ひとつひとつの処置を確実に行っていくのが、われわれの使命です。
●患者さんに敬意をもって
職員には患者さんに安心、安全な医療を提供するようにと口をすっぱくして言っています。当院の患者さんは自分で動けず、全面的に医療側に頼っている人が多いので、ついつい上から目線になってしまいがちです。しかし、患者さんは動けない、しゃべれないだけで、脳はしっかりしているんです。
たとえば筋ジストロフィーやALSの患者さんは自発的に会話をすることはできませんが、脳は健康な人たちと何ら変わりがありません。コンピューターを用いて足や指先のわずかな動きでコミュニケーションをとることもできるんです。伊勢志摩サミットロゴ選考でベスト6に入り、安倍首相から表彰された入院患者さんもいます。たとえ障害の強い人で職員には、たとえ障害の強い人に対してでも、人格を尊重して敬意を払って接してもらいたいですね。
まれにトラブルを起こす患者さんもいらっしゃいますが、その中には医療者と患者さんのコミュニケーション不足が散見されます。細心の注意を払っていかなければなりません。
●科学的な思考能力の重要性
医師、看護師には眼前で起こっていることをしっかりと見極める科学的な思考能力が求められます。また1つの事象のみにとらわれすぎると判断を誤ります。科学的に分析し、冷静な判断を下さなければなりません。それと同時に他者に共感できる感受性を持ち合わせる必要もあるでしょう。
●安心・安全な医療の提供を
政策医療はマンパワーに頼る部分が多く、人手不足なので、それをIT化やロボットの導入で、いかに補えるかが重要ですね。そうすることで患者さんのQOLを向上させるとともに介護、看護側が楽になるようにしなければなりません。
また遺伝子治療が応用可能になったら、すぐに活用できるような体制を構築したいと考えています。
神経難病のALSやパーキンソン病は、高齢化が進むと、それに比例して患者数が増加していきます。今後、神経難病の患者さんは、ますます増えてくるでしょう。より多くの患者さんに、いかに安心・安全な医療環境を提供できるかどうかが今後の課題ですね。
●政策医療に特化した病院に
2013(平成25)年に、当院は開院70周年を迎えました。終戦直後は結核療養所でしたが、1964(昭和39)年に進行性筋ジストロフィー症の患者さんの受け入れを20床で開始。1969年(昭和44)年には重症心身障害児(者)の入院治療も40床で始めました。
その後、2003(平成13)年に結核病棟は閉鎖し、現在では政策医療に特化した病院になっています。
1990年に私がこの病院に来たときは病棟の老朽化が著しく、建物を新築しなければならないと思ったことを覚えています。
2004(平成16)年に独立行政法人化しました。会計規則を改め、独立採算に近い形で運営ができるようになりました。黒字部分を原資に、施設整備をすることが可能となり、2010(平成22)年に中央病棟が完成、2 0 1 2 年(平成24) 年に外来診療棟が完成しました。
新たな建物は、当院の現時点での機能からいえば、かなり余裕をもった設計になっています。
病院を建てると最低でも50年は建て替えの必要がありません。減価償却は35年ですが、そこですぐに建て替えをすることはないでしょう。
将来の医療環境に適応させるためにも余裕を持たせた設計にしていますし、最新の耐震基準も満たしています。
●じっくり患者さんと向き合える医療です
われわれが担っている政策医療は、比較的地味な分野で、残念ながら医師からの認知度は低いと言わざるをえません。
しかし、もともとの病気が筋ジストロフィーや神経難病でも、ほかにさまざまな合併症を抱えた患者さんは大勢います。
われわれの目標は、患者さんに良い人生を送っていただけるようにサポートをすることです。当院は救急病院ではないので、自分の経験をもとにしてじっくりと患者さんと向き合えます。
自身の経験が生かせる政策医療に参加してくれる医師が、一人でも多く当院の門を叩いてくれたら、これほどうれしいことはありません。