産業医科大学精神医学教室 吉村 玲児 教授

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道に迷った患者さんとともに新たな物語を紡ぐ

【略歴】1988 年 大分医科大学卒業後、産業医科大学精神医学教室に入局。研修医・専門修練医・助手・講師・准教授・診療教授を経て、2015 年4 月より現職。2001 ~ 2002 年までの1年間、米国ロチェスター大学メディカルセンター・薬理学生理学部門に留学。TankWA 教授の下で分子薬理学研究に従事。

■笑いが絶えない教室

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 2015年4月から、中村純・産業医科大学名誉教授のあとを引き継いでこの教室を主宰しています。若くてやる気のある先生が多く、活気があって医局員同士の仲がいい。笑いの絶えない教室だと思います。医局員一丸となり、臨床・教育・研究に取り組んでいます。

 恩師である中村先生は、臨床・教育・研究と、すべてのことにバランスよく気を配られる方でした。朝早くから、誰よりも患者さんを診て、誰よりも仕事をされていました。私もそうありたいと心掛けています。

 当科は精神科ですので医局の先生方のメンタルヘルスには特に気を配っています。精神科医がうつ状態・うつ病になったら本末転倒です。

 困ったことがあったらいつでも私の部屋に気軽に相談にこられるように、朝はなるべく1番早く来て、夜は1番遅く帰るようにしています。教授自身が遅く来て早く帰るのでは、医局員の士気も下がりますからね。

■精神科医になった理由

 数学や物理が好きで、理科系学部に進もうと思ってはいました。高校の担任の先生から「社会の役に立ち、人から喜ばれる仕事だ」と勧められ、医療の道を選びました。

 もともと、みんなとわいわい騒ぐより、ひとりで空想や思考にふけることが好きで、内向的な性格でした。それは今も変わりませんね。

 人前に出ると過度に緊張してしまうから、精神医学を勉強すれば、その原因がわかり、克服できるかも知れないということは動機の一つではあります。しかし、この性格は精神科医になったからと言っても全く変わりません。当たり前のことですが(笑)。

 もう一つは人間の意識や存在を脳科学から研究したいという動機です。

 実際に精神科を選んだことは間違いではありませんでした。とてもやりがいがある仕事だと日々感じています。強い情熱や使命感に燃えて選んだ道ではありませんが、逆にそうじゃなかったからこそ肩に力が入らず、今まで頑張ってこられたのだと思います。

■うつ病の現状

 専門は、うつ病の診断・治療、職場のメンタルヘルス、精神薬理学、ニューロイメージングです。

 うつ病の病態生理は、いまだ十分に解明できていません。研究を進め、有効な生物学的マーカーや治療法の探索を続けたいと考えています。最終的には、臨床症状、遺伝要素、生活習慣、脳内ネットワーク情報など組み合わせて、もっと的確な診断と治療を提示できるようにしたいですね。

 私が主宰する「BrainClub」というラボでは、少しずつではありますが興味深い知見が得られつつあります。

 くわえて、栄養、睡眠、運動など、生活スタイルとうつ病になるリスクとの関係をテーマにした研究や勤労者の復職などにも取り組んでいます。

 うつ状態を主訴に当科を受診される患者さんは、昔に比べて確実に増えています。うつ状態になる理由というのもさまざまですが、職場の悩みという方が確かに多くなっている気はします。また、親の介護など家庭問題が原因である方も少なくありません。

 これは、社会全体が非常に不安定であることが原因のひとつだと思います。非正規雇用社員の増加、いつリストラにあうか分からないという不安、個人に課せられる責任の増加、仕事の厳密さへの高い要求、ネットや携帯で休日も会社とつながっているという緊張感、ゆとりのなさなども関係しているかもしれません。

 うつ病は産業革命時のイギリスで多く認められており、イギリス病とも呼ばれていました。イギリスの内科医ジョンソンは、パリでは快楽が唯一の仕事であるのに対して、ロンドンではビジネスが唯一の仕事であると対比させています。そして、神経疲弊(現在のうつ病の概念も含まれています)はロンドンに特徴的な病態であると報告しています。

 勤労者が常時緊張感や不安を抱えながら生活をしていることが、うつ病発症の準備段階になっていると思います。

 現在では、先進国のほとんどが、第2次産業革命状態ともいえます。世の中の流れについていくのに必死で、走り続けるしかない。社会のスピードは加速するばかりで、個人もそれに伴い走る速度を上げ続けるしかない。そんな状況だと思います。自分の心の変調に気がついても、それに注意を向ける時間などなく、日々の仕事のノルマを淡々とこなさなければならないのが実情ではないでしょうか。

 また、うつ病で休職している人を診ていると、復職までに時間のかかるケースが非常に多いと感じます。現代の加速度社会ではうつ症状が回復しても、社会生活機能の回復にはさらに時間が必要だということでしょう。

 復職のためにはリワークプログラムなどを積極的に利用するのも有効です。産業医科大学病院神経精神科でも、復職リワークプログラムを外来で行っています。

 近ごろ始まった、「ストレスチェック」などの取り組みについても、良いことであると評価していますが、果たしてどれぐらい有効に機能するのかは今後注意深く見ていかなければなりません。そして問題点があれば修正・改善していくべきでしょう。

 うつ状態・うつ病で精神科を受診する人が多くなったことは、受診せずに自ら命を絶つことと比べれば、はるかによいことです。しかし、まだまだ自殺者数は多い。日本は先進国中の自殺率が依然高いレベルにとどまっているのが現状です。

■自殺を防ぐために

 自殺については予測がつかない。治療を受けているにもかかわらず、自ら命を断つケースもあります。自殺介入のシステムづくりが重要だと思いますし、国を挙げて取り組むべき課題です。

 現在、厚生労働省が自殺対策の一環として、「ポストACTION-J(アクションジェイ)」という取り組みを行っています。

 これは、自殺未遂で救命救急センターに入院した方を、ある一定の期間フォローしていこうというもので、当大学も参加しています。

 しかし、運よく命が助かって病院につながった方が限定ですから、病院とまったくコンタクトがなくて命を絶つ方たちをどう救うかという課題は今後も残りますね。

■精神医療に必要なもの

 精神医学に求められるものは、大きく二つあると思っています。

 一つ目は、うつ病や統合失調症などの精神疾患の人の脳はどうなっているのか、そのメカニズムを明らかにする役目。自然科学的アプローチ。

 二つ目は、その患者さんの生き方や価値観を重視して、患者さんの人生に寄り添い、一人一人ことなる人生の物語を紡いでいくのを支える役目。不幸にも人生の道に迷ってしまい、病気になってしまった方を、その方が納得できる場所まで導く、人間学的・社会的アプローチです。

 精神科は精神科医・薬剤師・看護師・精神科ソーシャルワーカー・保健所・福祉事務所などのスムーズな連携が不可欠であるチームワーク医療の基本の診療科であると思います。高いコミュニケーション能力も必要とされます。

 人と人とのつながりを考える精神医学にとって、両方からのアプローチは自動車の両輪のようなもの。どちらかの車輪が欠けても、精神医学という自動車はうまく走りません。患者さんが安心して治療が受けられるような地域システムづくり、精神疾患や自殺予防、産業精神医学に全力で貢献していきたいと思います。

ポストACTION-J(アクションジェイ)とは
厚生労働省による「自殺企図の再発防止に対する複合的ケース・マネージメントの効果:多施設共同による無作為化比較研究」。救急施設に搬送された自殺未遂者に対するケース・マネージメント(心理教育や受療支援、背景にある問題解決のための社会資源利用支援など)の自殺企図再発防止効果を検証するもの。

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