腹腔鏡下子宮体がん根治術の先進医療認定施設である倉敷成人病センター。今年9月に就任した安藤正明院長は、国内における婦人科悪性腫瘍の腹腔鏡下手術を確立させたパイオニアの1人であり、婦人科の腹腔鏡下手術の症例数は全国トップクラス。35年にわたって低侵襲手術の開発・教育に努めてきた安藤院長に話を聞いた。
■国内トップクラスを誇る産婦人科
現在、一般病院の産婦人科は医師不足で悩んでいると思いますが、当院には18人の産婦人科医が在籍しています。そのすべてが腹腔鏡手術を習得しようという情熱を持った医師で、研修医はほとんどおりません。
当院は、腹腔鏡研修施設のような要素をもっていますので、今、私が身を引くわけにはいかない。ある程度経験のある医師が引っ張っていかなければなりません。そういう意味で当院は普通の病院の在り方とは随分違うと思います。
2015年9月に院長に就任してからも私は臨床の方をできるだけ減らさないようにし、以前と変わらぬ頻度で手術と外来診療を続けている。理事長や3人の副院長らに支えてもらいながらやっています。
■腹腔鏡下手術について
産婦人科の腹腔鏡下手術は1990年ごろから始まりました。しかし当院では腹腔鏡ではなく、おなかに傷をつけずに膣から行う膣式手術を行っていました。
当時の腹腔鏡手術は子宮を摘出するのがやっとで時間もかかる。作業環境の困難性から腸や血管を傷つけやすく合併症も起きやすい。合併症のほとんどが手術の時の傷によって起こっていました。腹腔鏡によって合併症は増え、お金もかかるし傷も増える。患者さんにとってメリットが感じられず、最初は導入に反対していました。
開腹手術では術後の回復に時間がかかりますし、痛みも大きい。臓器間の癒着もあり、卵管が癒着により閉塞し不妊による患者さんも多かった。
もう少し患者さんに優しい治療を、ということで、改めて腹腔鏡手術を検討し、1997年7月に初めて腹腔鏡手術を行いました。よく患者さんが「あの簡単な手術で」と言われますが、事故も合併症も開腹に比べると遥かに多いので、当時は合併症の確率が開腹手術の10倍だと説明していたぐらいです。
がんの手術については開腹の場合、ある程度の割合で腸閉塞を起こします。そうすると、患者さんは、術後に必要となる放射線治療や抗がん剤治療が遅れてしまう。痛いとか痛くないとかいう以前に生存率が落ちてしまうのです。それを何とかくい止めようということがきっかけで、腸閉塞のリスクが開腹手術より低い腹腔鏡手術をがんの手術にも展開していきました。
当院では腹腔鏡でのがんの手術を1998年から開始し、リンパ節廓清は1000例以上。婦人科の腹腔鏡は国内トップを自負しています。
■今後の展望
私は産科婦人科内視鏡学会の常務理事で教育担当をしています。とにかく手術事故が起こらないようにしたい。腹腔鏡は低侵襲手術だと言われていますが、事故が起きたら低侵襲どころではありません。そのためには産婦人科医の腹腔鏡手術の技術を底上げすることがもっとも重要です。
当院は研修施設的な要素も持っていますので、年間6回以上のセミナーを開催していて、多いときには50人以上の医師が全国から参加しています。手術見学も多く、海外からも来られています。高度な手術も安全に実施できるようにしたいので、この術式が全国に広がるように活動していこうと思います。
また、当院の医師は、国内だけでなく海外の学会での発表も積極的に行っています。年間10回以上外国へ行き、海外のさまざまな施設にも呼ばれ、腹腔鏡下手術を行っています。大変なこともありますが、体力の続く限りやっていこうと思います。
大腸がん、前立腺がんの腹腔鏡手術は2002年に保険適用になっていますが、婦人科は子宮体がん手術(早期子宮体がんのみ)が2014年にやっと保険適用になったばかり。全国の患者さんが等しく、質のよい手術を受けられるようにするため、術者が十分なトレーニングをおこなえる環境を整え、高度かつ安全確実な手術を提供したいと思っています。