鹿児島大学大学院医歯学総合研究科神経病学講座神経内科・老年病学髙嶋 博 教授 「古細菌が原因となる病気があると分かったことに、まず意味がある」
今年8月、鹿児島大学の髙嶋博教授、﨑山佑介医師、神田直昭医師らの研究グループが、原因不明だった脳脊髄炎の患者の脳から「古細菌」による感染症の証拠が見つかったと発表した。
同グループは2005〜2012年、認知症などの症状を起こしていた脳脊髄炎患者4人から脳の組織片を採取して調べた。すると古細菌の一種と同じDNAが見つかり、抗生物質と免疫療法を組み合わせた治療が有効だということも分かったという。研究について、髙嶋教授に聞いた。
―研究のきっかけは。
アルツハイマー病だと他の病院で診断された47歳の方が当院に来られました。「これ以上よくならない」と言われていたのですが、「そんなことはないだろう」と診ていくと、脳に炎症が見られたんですね。
炎症性の病気は、自己免疫(アレルギー)か感染症のどちらかですので、まずは免疫の治療をしました。すると、MRI所見が悪化したため、特殊な感染症を考えました。
たとえばインフルエンザにかかれば熱が出るなど、感染症らしい症状が出ますよね。でも、その人の場合は熱も何もなく、ただ認知機能が低下していた。わりあい弱い菌に、脳が少しずつ侵されていく病気なんだと推測しました。
しかし、なかなか原因が分からない。そこで通常はあまりしないのですが、脳を少し採取して調べました。すると、見たこともない菌がいたんですよね。試行錯誤の末、その菌に合う薬を処方したところ、半年後には仕事に戻れるぐらいまでよくなったんです。でも、その時はまだ、何の病気か分かりませんでした。
次の方は1〜2年後に来られました。70歳ほどで、脳と脊髄が侵されて寝たきりでした。見たこともない病気で、どうしても分からないので、また脳を採取させてもらったら、以前の方と同じ菌がいた、というわけです。
専門家にも標本を送りましたが分からず、自分たちで探しているうちに見つけた1番似ているものが「古細菌」でした。
その後、3例目、4例目でDNAを解析し、菌の種類を確定させました。古細菌の中の「高度好塩菌」という、塩の中を好む種類と共通の配列がありました。
―この研究の意味は。
これまで、古細菌はヒトの病気の原因として認識されていませんでした。医学の教科書にも載っていませんし、医者は古細菌というものを知らない。私も、もちろん、知りませんでした。
古細菌とひと口に言っても、何万種類もいますので、さまざまな病気の原因になっている可能性があります。それを医学者が知っただけでも意味があるのではないでしょうか。
私はたまたま脳炎を診ていましたが、今まで原因の分からなかった感染症、例えば関節炎や扁桃炎や腸炎などの原因が、古細菌であるという可能性もあると思います。
脳の場合で言うと、脳の機能が落ちれば、麻痺(まひ)やしびれ、計算できない、鬱(うつ)のような状態など、さまざまな症状が出ます。脳の病理をみる限りは血行性ですが、どこからきたのかは分かっていません。
ただ、認知症と言われている方のなかに、「古細菌」による脳脊髄炎が原因の方が多くいるかというと、そうではないと思います。これまでの4人の方は住んでいた場所がわりと近く、地域的な偏りがあるんです。
―若い医師や医師を志す人にメッセージをお願いします。
いろいろな病気の人に出会うと思います。まずは、その患者さんをよく診て、患者さんを信じてほしいと思います。
私たちは今、子宮頸がんワクチンの副反応に苦しんでいる女の子にもよく会うのですが、医療関係者が患者さんを信じていないと感じるんですね。「心因性だろう」とか「こんな症状が出るわけないだろう」とか。
でも、世の中はまだわからないことだらけです。決めつけたりしないで、広い目で見て、教科書や医学書ではなく、患者さんのほうを信じてほしいと思うんです。
医学書に書いてあることを勉強するのは大事ですが、それがすべてではありません。患者さんの症状などを、どこかに当てはめようとせずに見ていたら、同じ病気の人も簡単に見えてきますし、それによって、また医学も発展すると思います。
私が研修医にもよく言うのは「『こんな病気があるんじゃないかな』と思った病気は必ずあります」ということ。新しい病気は、あって当たり前、という感じですね。