久留米大学医学部外科学肝胆膵外科部門 奥田 康司 教授
久留米大学医学部外科学肝胆膵外科部門の奥田康司・新教授は、肝がんの名医として知られている。「まだ引っ越してないんですよ」という准教授時代のままの部屋に奥田教授を訪ねた。
久留米大学の肝胆膵外科は30年以上前から、内科、病理と常に話し合い、連携しながら適正な医療を心がけてきました。近年は放射線科も加わり、より広い視野で患者さんを診ることができています。そういった歴史をこれまで先達の先生方がつくってきてくださいました。もちろん、手術をきちんとしているという自負もありますが、内科、外科、病理、放射線科で疾患を包括的に治療するというのが久留米大学の強みです。
医師数も肝胆膵外科だけで22人。最近の医師不足の中で恵まれていますね。症例数の多さがその理由のひとつでしょうか。自由な雰囲気で話ができる環境も魅力的に映るのかもしれません。
◆全国平均を大きく上回る治療成績
肝細胞がん(肝がん)治療には、内科によるラジオ波焼灼療法、肝動脈塞栓術、肝動注化学療法、分子標的薬や、外科がする肝切除、肝移植など多くの治療法があります。そのすべてができ、包括的な治療ができることがいい結果につながる。また、肝切除後のウイルス除去を内科がしてくれているからこそ、再発が少なくできるんです。
久留米大学の肝がんのステージごとの生存率は全国平均より10〜20%上=左下表。また、2005年から2014年の肝切除は1070例で、うち在院死亡は1人のみで0.09%。在院死亡率を見ても全国平均1%よりかなりいい結果です。
◆肝移植も5例実施
肝移植はこれまで5例実施しています。肝がんがそれほど進行していなくとも肝硬変が進んでいると、なかなか長く生きられない。そこで肝移植が候補に挙がります。
移植は圧倒的に生存率が良好で、治療成績だけを見るならば1番いい方法だと言えます。生気のなかった患者さんが、3カ月で生き生きとして、6カ月でおしゃれして街に出かけられるようになるんですから。
でも、移植には倫理的問題があります。脳死ドナー提供が極端に少ない日本の現状において肝移植の主体は、健康な身内の人から部分的に肝臓をいただく生体移植となります。肝臓をいただく手術も大きな手術ですから、健康な方が臓器を提供したことでなくなることもありうる。非常に少ない確率ですがゼロではない。だからこそ、ドナーの強制、強要になってはいけません。患者さんを救おうという家族の強い思いの中で、十分危険性を伝えた上で医師の裁量で行うのが生体肝移植です。久留米大学では2010年に開始し、ドナーの条件が合わなかったり、患者さんが重症すぎたりして、希望者の半分以上は移植に至っていませんが、移植できたケースはドナー、レシピエントいずれも元気です。
ただ、この筑後地区というのは移植に対する理解はまだまだです。移植ができる患者さんに「移植なら可能性がある」という説明がなされてないケースもあるだろうと推察されます。そこを私たちは啓発していかなければと思っています。
◆高度進行がんも切る
進行がんの場合、肝移植はできません。抗がん剤など他の治療の効果も芳しくなく、もちろん通常は切除もしない。でも、久留米大では下大静脈・心房内腫瘍栓を伴うような高度進行肝がんに対しても、積極的に肝切除をしてきました。
1989年、私はまだ30代前半でしたが、下大静脈の中に肝がんが進行している患者さんの手術をしました。体外循環を使い、肝臓を冷やしながら、肝臓と下大静脈栓腫瘍を切除したんです。これは当時としては適応に関しても、技術面においても異例のもので、学会誌への報告では日本初でした。ほかの治療法では1年もたないという中で、その患者さんは4年11カ月、生存されました。これまで心臓の中にまで入り込んだ肝がんを人工心肺を使って切除したのが6例。下大静脈に進展しているものまで入れると計17例です。
ただやはり、切除だけではなかなか長生きできません。それをどうするかということに今、取り組んでいます。
その一つが、「ダウンステージング後の切除」です。20センチ以上あったがんに、内科の先生が動脈からの抗がん剤治療を1年半続け、10センチあるかないかぐらいになった段階で、「これなら安全に切れる」ということで切除したケースもあります。これは最初の化学療法から6年2カ月、手術から4年8カ月経って、現在も再発はありません。
かつては進行がんの場合、「切除に一筋の光がある」と思っていました。でも、今は、集学的治療の中で積極的に切除をすることで、十分長生きできるという手応えを感じてきています。
◆心臓外科医を志し...
心臓外科を希望して久留米大学に来ましたが、ここは肝胆膵外科も盛んで、そちらに興味を持ちました。肝臓がんの勉強をするうちに、世界で初めて肝移植をしたピッツバーク大学のスターズル教授の下で学びたいと思うようになり留学。そこで、藤堂省先生がスターズル教授の右腕としてバリバリ手術しているのを見て尊敬し、移植手術のイロハを教えてもらいました。移植の技術や知識は移植だけでなく肝切除の際にも生きています。
この歳になって改めて思うのは、当たり前のことですが大学病院におけるあらゆる診療・研究・教育は日々のすべての患者に最高水準の医療を施すためにあるのだということ。患者はそれを望んでおり、地域連携の中で基幹病院の使命はそこにあるということ。それに向かって邁進(まいしん)するつもりです。
◆若い世代につなぐ時期
後輩には、豊かな感性を持ってほしい。ふだんの診療、自分の生活の中でも、科学知、経験知、創造知などあらゆる分野への感性を高く持って、磨いていけば、将来のイノベーション(革新)の発火につながったり、リーダーシップを取ることにつながったりすると思うんです。
私は数え上げられないほど多くの先生からご指導いただき、助けていただき、支えていただき、学ばせていただきました。それが私の財産です。ですから、私のこれからの仕事はそれを後進に余すところなく継承していくこと。そして、若い先生方が新しい医学・医療に向かって羽ばたいていけるよう環境を整え、指導していきたいと思っています。
5年生存率(%) | 10年生存率(%) | |
---|---|---|
ステージⅠ | 82.0(73.0) | 67.7(38.1) |
ステージⅡ | 67.7(59.7) | 46.9(32.5) |
ステージⅢ | 50.1(39.5) | 13.6(21.4) |
ステージⅣ | 22.1(21.4) | ― |