藤枝市立総合病院 毛利 博 病院長
藤枝市立総合病院は、基本理念に「厳しき科学と温かき心」を掲げており、この理念のもと職員一同、日夜業務に励んでいる。
数年前までは多額の赤字を抱えて経営の危機にひんしていたが、現在は黒字経営が続いているとのこと。
毛利博院長に今後の取り組みや赤字経営からの脱却などについて話を聞いた。
◆強化されたがん診療と救急医療
これまで以上に力を入れていきたいと思っているのが、がん診療と救急医療です。がん診療連携拠点病院に指定されていますし、今年3月には救急センターをオープンさせました。
当院では、がん診療における「手術」、「化学療法」、「放射線治療」を3本の矢に見立てています。
手術では鏡視下手術に力を入れており、さまざまな機器を導入しました。医師も鏡視下手術における県内トップクラスの人物が在籍しています。
化学療法は外来化学療法センターがあるので、自宅で、ご家族と共に生活しながら通院治療をすることが可能です。
放射線治療では今年6月に国内で2台目となる最先端のリニアック「インフィニティ」を導入しました。
救急センターは1階に初療室、2階に20床の病棟があります。現在は3次救急を補完する役割を果たしていますが、ゆくゆくは救命救急センターの指定を目指しています。
この4月から救急センター専従の外科医、内科医がそれぞれ1人ずつ在籍しており今後、指導的立場の人材を1人採用する予定なので、来年の4月からは3人以上の体制になる予定です。
◆ゆとりのある診療体制
院長に就任した2008年当時は、新臨床研修制度の影響で医師数が激減していました。
当時の常勤医は79人でしたが、現在は110人。研修医も含めると140人以上が在籍していて隔世の感がありますね。
医師数が増えると診療部全体にゆとりがでます。医師が少ないころは当直が多いなどと不平不満が噴出していましたが、現在は人員に余裕があるためか、そうした声も耳にしません。みなさんが気持ちよく働いてくれている証拠ではないでしょうか。
私は、医師を単なるマンパワーだと見るのではなく、彼らがいかにキャリアアップできるかどうかを常に念頭においています。
研修医は静岡県出身者を可能な限り採用するようにしています。静岡で臨床研修をする人は、やはり地元に戻りたい人が多いんです。そういう人は研修が終わっても当院に残ってくれたり、提携大学の浜松医科大学の医局に入局してくれて県の医療に貢献してくれます。
浜松医科大学に対しては医師の派遣を要求するだけではなく、こちら側からも人材を提供していて、よい協力関係が築けています。これも一朝一夕にできるようになったわけではなく、長年にわたって信頼関係を構築してきた努力の結果だととらえています。
◆経営危機を乗り越えて
院長に就任したころ、当院は19億円超の赤字を抱えており、正直なところ「倒産する」と思っていました。火中の栗を拾う状況下で院長を引き受けることは、すなわち敗戦処理をするのと同義だと受け取っていました。負け戦が目に見える状況になると職員の大量離脱も考えられましたが、幸いほとんどの人が残ってくれました。
彼らの心意気に報いねばならぬと一念発起し、赤字の内訳を精査して徹底したコストカットを断行しました。その結果、大幅な赤字の圧縮に成功し、ここ数年は黒字が続いています。
◆ディズニーランドに学ぶ
ワカテンという若手職員10人による病院に対する提案会を毎年やっています。
これまでの提案のなかで最高のアイデアだと言えるのが、ディズニーアカデミーという東京ディズニーリゾートによる企業や団体向け研修への参加です。ディズニーランドの従業員は、笑顔を絶やさぬ素晴らしい接遇をしており学ぶべき点が多々あります。
この研修を一泊二日で新人看護師に受講させてディズニーランドのホスピタリティーを学んでもらいます。研修内容をいくつか挙げると「話をするときは相手の目線に合わせた姿勢で話す」、「誰に対しても笑顔で接する」、「職員一人ひとりがディズニーランドの顔としての自覚を持つ」などです。これらは患者さんへの対応にも当てはまると思うんです。
新人看護師は、新しい職場で働く不安があると思いますが、研修で同僚たちと同じ時間を過ごすことがチームワークの向上にも一役買っているのではないでしょうか。
◆時代の転換点
院長に就任して医師数を79人から120人にまで増やすと宣言したときは、一笑に付されましたが、今では110人にまで増えました。診療単価
も5万を切っていたときに5万5千円にすると言うと、実現不可能だと言われましたが、まもなく達成する見込みです。具体的な目標を掲げて、そこに向かっていくことこそが重要なんです。
今後の人口動態を予測すると現在の病院数は多すぎると言えます。経営のかじ取りを誤れば大病院でも、ただちに危機に陥るでしょう。
静岡の地域医療構想作業部会の委員や県医師会の理事などを務めていますが、多方面の話を聞くにつれ今後の行く末が案じられます。
日本の医療は、時代の転換点に差し掛かっており、歴史になぞらえると幕末期に酷似しています。さしずめ医療界の黒船はTPPといったところではないでしょうか。これから生き残りをかけた新たな戦いが始まるので、手綱を締め直さなければなりません。