鳥取生協病院 齋藤 基 院長
■ひとりの町医者として
大学人事で大阪から鳥取に来て30年経ちました。友人もできて居心地がいいし、なにより仕事が楽しい。医師としては、どこへ行ったとしてもやる仕事は一緒です。大都市との違いは、小さな町なので、たとえば手術などで一度でも関わった患者さんとは一生の付き合いになることが多い。患者さん一人ひとりに対する向かい方の密度が違うように思います。
医学部に入学した当初から町医者になりたいという希望がありました。当院は地域では規模の大きな病院のひとつですが、一カ所に腰を据えて地域の患者さんとつきあうという意味では町医者に近いかもしれません。
病気には生活環境が深く関与していますので、深いつきあいをしていると見えてくるものもあります。たとえば、いつも夜遅い時間にならないと来ない方がいて、聞いてみると経済的に困窮して仕事に追われていた。最近ではそういうことも増えていて、おのずと社会問題や制度のゆがみに気付かされる。
この地域でも生活保護世帯が増えているし、ワーキングプアの問題もあります。当院といくつかの病院は無料低額制度を使って受診しやすくしようとしていますが、これは患者さんと接しているなかで見えてきた問題ですね。
■病院の存在意義
医療を考えることは生活を考えることでもあると改めて思い知らされています。医療の質を高めることや救急体制の充実も当然大事なんですが、社会的弱者や高齢者医療の質をどう維持するか、あるいは高齢者人口がピークをむかえる2025年にむけて自分たちがなにをすべきなのか、今後は病院のあり方が問われていくでしょうね。
医師の研修制度が変わって大学に残る人材が少なくなり、その影響で地方病院への医師の供給が滞っています。医師不足の余波で、医療の充実度も極端な地域格差が現れはじめています。急性期病棟を包括支援病棟に転換して慢性期・亜急性期を手厚くしようとしていますが、なかなか簡単には進まないのではないかと思います。
地方においては中心になる病院に急性期や医師を集中するという構想は理解できますが、市町村の合併と一緒で、地方の中でも周縁にいる方がその恩恵を受けられるのか、はなはだ不安です。診断書をもらうためにまる1日かかるような医療にすべきではなく、集約化するのなら、サテライト病院を配置するなどの細かい議論が必要です。
■見捨てない医療
当院が目指すものは、それぞれの職域がプロとして技術を高めるのと同時に、チーム医療についてもそれぞれの役割を果たす質の高い医療です。自らを律する、まじめな医療を実現したい。
夏休みを利用して病院見学に来た子どもたちがとてもすがすがしい目をしていたんです。あの子たちが失望しないような医療でありたい。
ただ、見捨てない医療の実現は生易しいものではありません。当院では、退院できますから帰ってください、とはなりません。帰る場所がない方もいるので、その手当てがつくまでは帰さない。在宅で受け入れてもらえるまで、あるいは安心して生活ができるようになるまでが医療の一環で、ケースワーカーが同行して役所にも行きます。職員はたいへんですが、当院の存在意義はここにあるので譲れない部分です。職員全員の意地でもあります。
鳥取の人は地味で派手さはないが、しっかり地に足の着いたしぶとさを持っています。当院も、まじめにしぶとく、この地域の医療を守っていきます。