岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 心臓血管外科学講座 佐野 俊二 教授
小児心臓外科分野において優れた手術法を編み出し、それまで生存率3割とされてきた左心低形成症候を生存率を9割にまで引き上げた佐野先生。
日本だけでなく海外からも、その腕を頼りに患者がやって来る。海外研修で得た経験が、外科医としての考え方に大きく影響しているという。
第一線で活躍し続ける佐野俊二先生にお話をうかがった。
現在では、病院屋上ヘリポートに着陸させたドクターヘリから、エレベーターを使って、患者を救命救急センターなどに搬送するのは当然となっている。しかし、これは最近のことで、少し前までドクターヘリは病院近くのグラウンドに着陸するのが普通だった。「脳などに疾患のある患者さんに振動は厳禁で、移動させる時が一番危ない」。そういった理由から、当初より、佐野先生はヘリポートを屋上に設置することを提唱していた一人でもある。
― 心臓血管外科を選んだ理由は。
卒業して、第2外科の消化器担当だった頃、がんと診断された高校生の女の子の主治医になりました。この子が転移により亡くなってしまったことがひどくつらかった。がんに関しては、腕の良い外科医が手術をしても転移があれば根治は難しい。
また脳外科に関しては手術をしても麻痺など後遺症が残ることも多くて耐え切れなかった。
ところが、心臓外科は腕が確かであれば患者さんは助かるし、そうでなければ助からない。白黒がはっきりした純粋な実力の世界です。そこに魅力を感じて心臓血管外科を選びました。
― 海外研修で受けた影響とは。
まず、ニュージーランドの Green Lane Hospital(GLH)の Sir BrianBarratt-Boyes のもとで学びました。
( 教授) は数多くいますが、彼はその功績により、エリザベス女王からKnight(騎士)の称号をもらった世界唯一の心臓外科医です。
私は研修先を決めるのに、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなど多くの施設を訪ねました。アメリカやヨーロッパでは研修の申し出に対して、たいてい「歓迎しますよ!ただし、研修中にかかる費用は自分でなんとかしてね!」と言われたものです。
しかし、Sir Brian は、私がどれだけの症例をこなしてきたか、受けてきた研修の中身を詳細に尋ね、「あなたに必要なのは複雑で高度な治療研修ではない。心臓外科医の基本の部分を教えてくれる病院を選びなさい」と助言してくれました。その助言に感銘を受け、彼のもとで学ぶことを選んだのです。
研修中は全力で勉強しました。そのかいあってか、2年目には日本人初のチーフレジデントに選んでいただき、心臓以外の手術も含めれば1000例以上を執刀させてもらいました。
イギリス方式の教育法は「One teach, One do(1度教えたから1度やってみなさい)」なのですが、手術をするには患者さんのインフォームドコンセントをもらう必要がありました。術前に手術の説明をして、術後に経過を伝えて、紹介をもらったドクターにも報告する英語力が必要でした。しかし渡豪したばかりの、拙い英語を話す若い日本人医師に、自分の重大な手術を任せてくれる患者さんはいませんでした。
最初の6ヵ月は執刀のチャンスは巡って来ず、半年を過ぎてから、少しずつ簡単な手術を任せてもらえるようになりました。
そしてある時、患者さんから「あなたに私の心臓の手術を任せます」と言ってもらえたんです。それからは、英語力の進歩とともに、心臓外科医としての腕も上がっていたことを実感しました。
GHLでの研修後、今度はSir Brian の弟子でもある、Royal Children'sHospital(RCH)のDr. Roger Mee のもとで6ヵ月間の研修を積みました。
彼は ボストン小児病院にいた時に、アメリカ人以外で初めてチーフレジデントとなり、37歳の若さでRCHの Directorに抜擢された優秀なドクターでした。
6ヵ月間の研修が終わる頃、Dr. Mee からの誘いを受けてスタッフとして6ヵ月間働き、1年後には助教授になることができました。
ある時Dr. Mee は、彼の留守中に私1人で病院を守ることを託しました。「好きにやっていい。ただし、1人も死なせるな」と彼は言いました。信頼されていたのと同時に、試されたのかもしれません。
― オーストラリアと日本の医療現場の違いは。
Green Lane Hospital(GLH) は非常にシステム化されていました。
私が手術を終えて術後管理をしていると、「どうしてこんな遅くまで残っているんだ?」と言われるのです。日本では、執刀後は主治医が患者をずっと管理しますが、GLH では手術が終われば6時過ぎには仕事を終えて当直医とバトンタッチをします。そして、朝8時から皆で回診をして、皆で治療方針を検討します。
このシステムに最初は戸惑ったものの、そのうち非常に効率的なシステムだと思い至りました。主治医のみが患者を診るよりも、経験豊富なドクターも入ったチーム全体で患者を診る方がいいですよね。
日本と欧米の戦い方の違いは、その国のスポーツにも表れています。日本だと、剣道や柔道など、個人の精神的な研鑽を目的とするものが主流です。
一方、欧米発祥のスポーツといえば、ラグビーや野球に代表されるチーム戦です。それぞれの役割を果たしながら、チーム全体が連携し合ってひとつの同じ目的に向かっていく。医療の現場では、欧米型が合っているのではないかと思います。
― 小児心臓移植における現状と今後の課題は。
非常にシビアな問題ですが、日本は世界的に見て小児臓器提供者が不足しています。ここには、小児脳死判定の困難さと、日本固有の死生観、倫理観、宗教観などが影響しています。
たとえば、アメリカの小児臓器提供者は被虐待児が多くを占めていますが、日本では、虐待死が発生すると、事件として扱われて臓器移植には至りにくい。
それでも、2010年の臓器移植法改正を境に脳死臓器提供は増えました。じつは、当時の福田首相が、直接に私の意見を聞いて動いてくださったんです。
ありがたいことに、たった1年ほどで法改正に至りました。現場の医師が熱心に意見を主張しても、なかなか既存のシステムは変わらない。現実は、行政との連携が不可欠かもしれません。
― 医学生・研修生にメッセージを。
私のもう一人のボス、メルボルン大学王立小児病院のDr. Roger Mee に教えてもらった言葉を贈ります。「Great surgeon,great man(すぐれた外科医であり、すぐれた人であれ)」。
患者さんの身体だけでなく、心のケアもできる、信頼される医者になってください。そのためには、腕を磨くと同時に自分自身をも磨いていかねばなりません。
今の若い世代は日本教育の弊害を受けています。現在の、暗記とスピードに重点を置いた画一的な教育方式では、イノベーションを起こせる人材は育ちにくい。
先人によって、技術やアイディアは世に出尽くしたわけではなく、まだ山ほど新しい切り口があるんです。そのことに気付いて、想像力を働かせて、新しい技術・価値を生み出してください。