患者さんには笑顔で

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独立行政法人国立病院機構 山口宇部医療センター 上岡 博 院長

1969 岡山県立岡山朝日高等学校 1975 岡山大学卒 岡山大学医学部第二内科入局 鳥取市立病院内科医師 以降、岡山労災病院内科、癌研究会癌化学療法センター臨床部、 東洋工業株式会社東洋病院内科、岡山大学医学部附属病院第二内科を経て1985 ニューヨーク州立大学附属マイモニデスメディカルセンター留学 2003 岡山大学大学院医歯学総合研究科病態機能学講座助教授 2005 山陽病院院長 2008 山口宇部医療センター院長 ■山口大学医学部臨床教授 山口大学大学院医学系研究科非常勤講師 岡山大学医学部臨床教授岡山大学大学院医歯薬学総合研究科非常勤講師 前山口がんチーム医療研究会会長 前山口県緩和ケア研究会代表世話人 山口呼吸ケア研究会代表世話人 YYY の会(胸部画像読影の会)代表世話人 山口呼吸器フェローシップセミナー代表世話人 宇部市喘息ゼロ作戦研究会代表世話人 山口外来化学療法研究会代表世話人 YTOG代表世話人。

 JR宇部線の丸尾駅で降りるのは昨年11月にシーサイド病院を訪れて以来2回目。今回インタビューする山口宇部医療センターの上岡博院長は、一昨年6月にも九州医事新報に登場し、同センター周辺の景色の良さと病院の特長について主に語ってもらった。今回は院長自身のことも聞いた。沖野昭広経営企画室長が同席した。

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写真は左から、三村臨床研究部長、三浦看護部長、上岡院長、松本副院長、青雲事務部長、岡部統括診療部長

―病院尾の基本方針に「がん・呼吸器疾患の専門病院として...」とあります。学会取材などで喫煙者が多いのを目にしますが...。

 昔は医者仲間でも喫煙者が非常に多かったのですが、今はとても減ったと思います。ただメディカルスタッフなどはまだ多いかもしれません。

 うちの職員でまだ吸っているのは1割未満で、その中に医者はいないと思います。怖さをわかった人から減ってきているのでしょう。

 私も元スモーカーで、40歳まで吸いましたが、妻の父親が肺がんで亡くなり、身内からたばこをやめろと繰り返し言われて仕方なくやめました。

 喫煙がやめられない理由のひとつはニコチン中毒ですね。そしてもうひとつが習慣です。その2つの面を防止するために「禁煙外来」があり、ニコチン中毒に対応する薬も出ていますし、習慣をいかに断つかという方法も指導しています。

 成功率はまだ50%くらいではないかと思いますが、それでもかなり効果はあげていると思います。また、最近の公共施設はどこも全面禁煙で、それが喫煙率の低下につながっていると思います。うちも敷地内禁煙ですから駐車場でも吸えません。それに、我々の時代は学生の時にたばこを覚えたものですが、今ごろの若い人はほとんど吸いません。だからこれから先もさらにさらに減ってくると思います。

 ただ禁煙外来だけを求めて当院に来られる方は少なくて、受診されるのは肺の病気になって、たばこは絶対だめと言われた方、一番多いのはCOPD(慢性閉塞性肺疾患)ですね。

 検診で引っかかったり、ちょっと歩いても息が切れると言って当院に来られ、重症のCOPDだから二度とたばこを吸ってはいけないと命じられ、でもやめる方法がわからないというから、禁煙外来を受診していただくというのが多いです。

―緩和ケアの患者さんはたばこを吸ってもいいという施設は多いです。

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写真上=曲線が美しい病院の正面。左側に瀬戸内海を臨む。中=全面ガラス張りの2階には、展望できる瀬戸内の風景を説明した小さなパネルがある。下=地元の人が「裏道から行ったほうが早いけえ、100mくらい戻って左に曲がりさん」と山口弁で教えてくれた近道。

 当院にも緩和ケア病棟がありますが、敷地内禁煙ですからたばこはがまんしていただいています。私は吸っても構わないのではと思いますが、職員が相談してそう決めました。それに、肺がんの方が多いですから、たばこを吸うと苦しくなるのでしょうか、吸いたいという話は聞いたことがないですね。

―昨今の医療に対して思うことはありますか。

 私は元々がんの専門家ですが、医者になったころは効く薬もなく、がんイコール死でした。だから私たちは、がん患者さんに少しでも長く生きてもらうことを目指しました。そしてそれはかなり成功したと思います。そのあとQOL、すなわちただ長生きさえすればいいのかという問いが出てきて、支持療法の方面が進歩してきました。緩和ケアはその代表的なものです。昔は抗がん剤で1日に20回吐くような気の毒な状況でしたが、今はほとんど吐かない患者さんが多く、外来で抗がん剤治療ができるようにもなり、生きる価値のある延命がだんだん実現できるようになりました。

―なぜ医者になろうと思ったんですか。

 医師がすばらしい仕事だと思ったわけではありません。子供のころに何度か、医者になったらどうかと親に言われていたので、漠然とそう決めていました。

―仕事を通じて学んだことがあれば。

 人のつながり、人間関係が一番大切だと思います。これはあらゆる仕事に共通しているでしょう。医療でも協力し合わなければ、できることは限られています。人に助けてもらったことはいっぱいあるし、誰かの役に立ったこともあるでしょう。

 私が医者になって最初に診た患者さんは17歳の女性で、潰瘍性大腸炎でした。ある時その女性が手紙をくれたんです。私が部屋に入った時の笑顔を見た時に心が安らいでうれしかったという内容でした。

 やはり患者さんに笑顔で接することが大切なんだと思います。それが私のもらった手紙のうちで一番うれしかったものです。その10年後に大学に戻った時、その女性にばったり会ってとてもうれしかったことを覚えています。

【3千700冊の蔵書】

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 1時間早く到着したので1階売店付近にある図書室に入った。

 そう広くないが蔵書がずらり。あとで沖野室長にたずねたら3千500冊くらいあると言う。最初は職員が持ち寄り、やがて患者や家族、付近住民から寄付されるようになった。

 目の前の2冊を開いてみた。

 「世界を見る目が変わる50の事実」と「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」。

 「世界を―」のほうはかなりショッキングで、世界には今も2千700万人の奴隷がおり、先進国の国民は年間7㎏の食品添加物を食べているそうだ。


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