意味あることをなす

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長崎大学病院脳神経内科の挑戦

昭和58 年 私立青雲学園高校卒業 平成元年 国立宮崎医科大学卒業 平成元年 長崎大学医学部附属病院第一内科研修医 平成2年 田川市立病院内科 平成3年 北九州市立八幡病院内科 平成4年 国立川棚病院神経内科 平成6年 長崎大学医学部附属病院第一内科医員(神経内科) 平成9年 米国Mayo Clinic 神経内科留学 平成13 年 長崎大学大学院医歯薬総合研究科客員研究員 平成18 年 長崎大学医学部附属病院第一内科助手 平成19 年 長崎大学病院第一内科助教 平成21 年 長崎大学病院第一内科講師 平成23 年 長崎大学病院脳卒中センター准教授 平成26 年 長崎大学医学部脳神経内科 教授

長崎大学病院では2010年4月に救急部機能を強化した救命救急センターを開設した。センター内には常時救急を受け入れる脳卒中センターも併設されている。大学は地域をあげて脳卒中治療に取り組むことを指針としており、さらに高度な医療を提供するため、昨年8月には脳神経内科:Department of Neurology and Strokology が創設された。初代教授として先頭に立つ辻野教授に話をうかがった。

―長崎大学病院第一内科の神経班と脳卒中センターの内科部門が一つになって脳神経内科になりました。

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長崎大学病院 脳神経内科教授 辻野 彰

 第一内科の神経班は主に神経難病を中心に診療してきたグループです。神経難病はパーキンソン病や重症筋無力症、 筋萎縮性側索硬化症などのことです。脳卒中センターは3年前に独立した脳卒中を専門に診るグループです。そこが合併して総合的に脳を診る診療科として独立しました。

 神経難病は時間に追われずにじっくり診断をしてじっくり治療法を考えることができますが、脳卒中は基本的に時間との戦いで、一分一秒を争いながら治療しなければいけません。一般的には時間軸が違います。そういう面では、神経難病のスタンスで脳卒中の診療をするのは器用な人間じゃないとできない。逆に救急を持っていて難病を診るというのも難しい。脳神経内科は、そこをまず役割分担して機能させながら人を育てていくという診療科なんです。

 とくに地方においては「私は脳卒中しか診ることができないので神経難病は診ません」という形では医療としてなりたたない。神経の病気なら総合的に診ることが必要になります。

 大学病院の役割としては総合的に教育する必要があると考えています。だから、脳神経内科というのは診療面でも教育の面でも必要だったということです。そこでは、脳卒中と神経難病のバランスをどうとるかがカギとなります。もちろん脳卒中だけでなく、神経難病の研究も積極的に推進して、一人でも多くの苦しんでいる患者さんを助けていきたいと思います。

 私が長崎で脳卒中治療を始めたのは8年前ですが、それまで大学病院で脳卒中を診たケースは年間10例に満たず、脳卒中を救急で診ていたケースも年間に2例から3例だけだったんです。大学病院自体も救急を受け付けていなかった。

 内科で脳卒中をみる専門医も長崎にはいなかったんです。まさにゼロからのスタートでした。脳卒中神経救急の技師やメディカルスタッフの方と一緒にシステムを作っていきながら救急隊と勉強会をしたり、脳卒中の講演会をして他医院の医師に理解してもらったり。そういった試行錯誤を繰り返し、現在では年間400例くらい診られるようになっています。

―そのシステムの概要は。

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医学伝習所(1857年)からの歴史と伝統を誇る長崎大学病院

 救急隊が直接、病院とやりとりできる24時間365日稼働するホットラインを作りました。東京や福岡などの大都市は中央管理システムになっていますが、長崎では搬送する病院の選択を救急隊にまかせています。そういう意味でも救急隊に対する教育や連携が必要になってくるんですね。躊躇なく判断することで助かる患者さんもいる。

 脳卒中や脳梗塞の治療では、点滴で脳の血栓を溶かすため、発症から4〜5時間がカギになります。ほかの病院を経由していたら間に合わなくなるのでダイレクトに来てもらわないといけない。軽いうちに来てもらって急性期の治療を行なう。

 カテーテルで血栓をつまんで取り除く手術なんかも、8時間以内ならできるんです。ただし、最初からスタンバイすることは難しく、かなりマンパワーがいるので総合病院じゃないとできない。

 この8年で救急医療に関しては日本でトップクラスになりました。昨年の血栓溶解療法の適用が45例、数字だけでは九州医療センターを数では抜きました。

 ここまでになった大きな要因は、現在は小倉記念病院におられる永田泉院長(元教授)の存在と長崎大学脳神経外科教室の先生方の全面的なバックアップのおかげです。

 長崎では外科と内科がシームレスになって診療しているんです。朝は一緒にカンファレンスを行い、救急の患者さんを一緒に診療する。全国でも珍しいケースだと思いますね。

―昨年8月に教授になられました。

 生きた学問、現場の力など「言葉にならないもの」を伝えていきたいです。とくに救急の現場がそうなんですが、脳卒中を中心とした神経救急医療教育に関しては言葉にできないものを体感させる形で教えていくということです。症例数が多いこともあるので、現場で教えていく体験学習を重視したいですね。

―医師の本懐とは。

 大学の教員をやっていると自分の業績にとらわれて、「自分は何のために研究しているのか」がわからなくなってくるんです。本末転倒になって本来あるべきだった自分の立ち位置がだんだんわからなくなってくる。

 だから、使命感を持たなければならないと思っています。患者さんのためになにかをなすということを常に忘れずに。

 臨床でも、目の前の患者さんがすべてを教えてくれるんです。臨床の現場で必要なテーマをみつけて研究する。それが「意味あることをなす」ということだと思います。

 全国の若い研修医にはぜひ長崎に来てほしいです。自分で判断できる本物の医者になれます。マニュアル化された都会ではできない、現場で一人ひとりに伝えられる環境というのは地方の教育現場の良いところだと思います。

 長崎の脳卒中をなんとかしたいという若い子が毎年1人は入ってくるので、今後は彼・彼女らが核になっていきます。経験を積んで本物の医者になってほしい。知識も技術もない中途半端な医者が「なんでもできますよ」というのは患者さんに対して失礼なことです。最先端の診断と治療を実践できるようになってほしいですね。


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