福岡東医療センター 院長 上野 道雄
災害拠点病院で、福岡県内唯一の第1種感染症指定医療機関でもある福岡東医療センター(古賀市)。上野道雄院長に有事への備えを聞いた。
―貴院の災害対策について聞かせてください。
第1種感染症指定医療機関でもある当院がまず考える"有事"は「感染症」です。今はエボラ出血熱のことが騒がれていますから、感染症に対する考え方を整理するのに一番いい時期じゃないかと思い、具体的に動いています。そして感染症医療に一番重要な事前のシミュレーションや医療連携体制の準備等は、災害医療にも通じると考えています。
緊急時の対策を警察に相談すると「病院がやっている訓練では実際の場合に機能しないことが多い」と言われました。
私も、いわゆる災害訓練は事前に用意されたシナリオに沿ったもので、また、初期対応のトリアージに偏っているように感じていました。刻々と変わっていく現場とそのニーズに合わせた判断を病院の対策本部、そしてトップがいかにしていくかが大切ではと話すと、その通りと言われたわけです。
阪神淡路大震災や大規模な列車事故のような外科系の疾患が多い災害もあるでしょう。一方で、集団の感染症や食中毒となったら、内科系が中心となるわけです。
平時体制を有事体制に変える。しかも、刻々と変わる現場のニーズに合わせて、柔軟に、スピーディーに。感染症でも災害でも、それが大切になってきます。
―具体的には。
例えば列車事故が起きたと仮定します。当院の場合、初期値を設定しており、予定している人員を外来に集中的に配置します。足りない場合にはリハビリのセラピストなど、さらに足りない場合には、外科系疾患が主なら内科系の医師・看護師を、内科系疾患が主なら外科系の医師・看護師を配置します。
初期対応が一息つくと、今度はICU、術場、病棟で人員が足りなくなってきます。シフトしていた人を再転用したり、別病棟から配置したり、感染性のものがあるなら違う判断をしたりと、その時々によって、体制を変えていかなければなりませんし、予定計画に沿ってできるものではありません。
そして、もう一つ。当院で対応できる範囲を決めなければいけません。災害の規模によっては、病院の能力を超えた対応が必要になることもあるでしょう。そして、それはトップが決定しなければならないことです。
このように有事の際にはトップがいかに判断するか、あるいはその判断能力をいかに維持するかということが大切になってきます。災害や感染症への対応は救急部など一部でやることではなく病院全体でやるものです。大事なのは病院の総合力、対策本部の柔軟な対応力になります。
エボラ対策で支援ネットワーク構築
―エボラ出血熱への対策はいかがでしょうか。
当院のエボラ出血熱の院内体制は専従チームが7人、支援班が15人で、国立国際医療研究センター(東京)とあまり変わりません。
でも、エボラ出血熱の患者が入院することになったら、看護体制への負荷は深刻です。院内で看護師のボランティアを募ると同時に、他病院に支援をお願いする必要があると考えました。
そこで、昨年9月に県や検疫所、県内4大学、2種感染症病床設置病院、福岡県・粕屋医師会などに呼びかけて、エボラ出血熱関係機関協議会を開きました。
一堂に会しての情報共有は、文書でされるものとは全然違います。依頼から開催まで3日しかなかったにも関わらず、みんなが参加してくれたことに感動しましたし、感謝しましたね。昨年12月には支援を表明してくれた機関との合同訓練も開始しました。
感染症の応援体制を敷くためには、隔離施設のある当院に来てもらわなければならないということが他の災害と大きく違う点です。事前に当院で防疫着脱訓練をし、当院のマニュアルや電子カルテに習熟しておいてもらう必要があります。今、合同訓練は週1回のペースでやっています。
福岡県病院協会の会報「ほすぴたる」にも合同訓練への参加依頼を載せていただきました。温かい気持ちを感じます。
―今後の展望は。
個人的にはこのネットワーク、応援体制が、災害にも使えるのではないかとも思っています。1種感染症は当院が中心になりますが、地震はこの病院が中心に、というように活用できるようになればいいと思います。
1種感染症を引き受けた後にエボラ出血熱が騒がれ始め、「自分はなんて運の悪い人間だろう」と思ったりもしたんです。でもネットワークができ、体制が整ってきました。ノウハウが共有でき、大学の専門の先生の指導も受けられ、対策はますます向上することが期待できます。そう考えると、悪いことだけじゃないような気がしてきています。