国立大学法人 香川大学 学長 長尾 省吾
学ぶ環境と仲間を作る環境は大学にとって重要なもの(長尾 省吾)
ー医学部附属病院の新病棟が今年出来ました。
香川大学医学部付属病院の病棟を建てるコンセプトは私が病院長だった時からのものですから、ずいぶん前からあったんです。しかし東日本大震災で計画が遅れ、スタートしたのは私が学長になってからです。
大学の収入の約40%は大学病院ですから、病院への投資は国立大学法人の経営基盤の強化につながるものだと思います。
ここの病院は、四国4県の大学病院の中で最も高い場所にあり、岩盤も固く、津波や地震には強い。高松空港が高地にあることとあわせて、災害に強い大学病院であると言えます。新病棟には、南海トラフ巨大地震が起きても対応できる医療設備を揃えています。
ー一度大学を退職されていますね。
学長の経歴としては珍しいでしょうね。脳神経外科学講座の教授・病院長を退職し、3年間香川県厚生連の理事長でした。退職すると裃(かみしも) を脱いだようなもので、みなさん大学に対する率直な意見を聞かせてくれますし、私も客観的な目で外から大学を見ることができました。学内にいなかったことで逆に、大学をよく知ることができたと思います。
また医療に関わらない職員とも一緒に仕事をし、病院や医学部の中でしか通用しない物の見方から視野が広がったかなと思います。
学長になった時、この3年間の経験が活きましたね。退職して3年離れていましたから68歳で就任。年を取った学長と思われたかも知れませんが、縁があって帰ってきました。学内外の人との付き合いが増え、それは教授時代の10倍以上になり大変でした。
ー統合がなければ、学長ではなかったかも知れませんね。
おそらくそうでしょうね。2003年10月に香川大学と香川医科大学が統合して、現在の6学部(教育学部・法学部・経済学部・医学部・工学部・農学部)になりました。医学部は今私のいる本部から地理的に離れた山の上にあります。学長就任当初は面識のない人も多く、付き合いが一気に増えたことを思い出します。
これまでの思いもあり、就任後は大学本部や各学部間の交流を重要視しています。キャンパスは4つに分かれており、まだ十分ではありませんが、私が一番腐心したのはこのことです。外部への情報発信も、学部ごとにやるのではなく、香川大学として一体になって行なうべきだと考えました。
一方、総合大学としての強みを活かすために、教員の所属を学部ではなく、学系(人文社会科学系・自然生命科学系)という組織に変更しました。例えば工学部の教授が、医学部や農学部で講義をできるようにしたのです。
研究でも連携が進んでいます。希少糖(※1)は農学部が主体になって研究していますが、希少糖にどれだけ薬理作用があるかということは、医学部で研究しています。こういうことは学部間に垣根があってはやれないことです。
今の私の仕事は香川大学をまとめて、全学部の学生に幅広い学修の機会と良い環境を作ることです。手術は得意でしたが、もう手術に立ち会う機会や時間などはないですね。また、未練もありません。
ー教育に必要なことは。
私は脳神経外科の医者として、脳浮腫や脳循環代謝の研究をしつつ、その間学生や研修医などの教育を行なってきました。臨床も重要視し、毎日何人も診て、手術していました。私はその40年間で、教育に関する大切な基本スタンスを会得しました。この話を米国神戸総領事館のパトリック・リネハン総領事にしたところ、英語で3つの言葉にまとめてくれました。
最初は「Love your student(あなたの弟子を愛しなさい)」。大学には規格外のとんでもない学生や研修医もいますが、そういう人ほど将来面白くなるようです。優等生ではない人を導き長所を伸ばしてやることこそ、教育者に求められます。欠点をとがめることが教育ではありません。
次は「Know your subject(自分のやるべき仕事を反芻しなさい)」。講義をするならば、ちゃんと準備をしなければなりません。医学は日進月歩ですから、毎年同じ講義を学生にするのはありえないですよ。また私は4千件ほどの手術に関与しましたが、それと術後の経過をノートに書き、次の似たような症例の前に読み返していました。大学ノートで10冊以上ありますが、私の宝物です。
最後は「Lead by example(みんなの規範になりなさい)」。私は大学病院の病院長就任後に、国立大学の法人化を経験しました。統合の翌年、2004年4月のことです。当時はまだ赤字の病院で、毎年2%の収益増を達成せよと文科省から厳しい目標設定がありました。
その時は朝6時半に出勤して、深夜に帰る毎日でした。目標を達成するためには、病院長が誰よりも仕事をして、職員みんなの士気を上げる必要があると思ったからです。人材育成のためには、リーダーが率先して模範となることが重要だと考えています。
チェンマイ大学(タイ王国チェンマイ県)での講演でこの3つについて話したところ、大変喜ばれました。
ーチェンマイ大学とは交流があるそうですね
合同シンポジウムを2年に1回開催していて、今年は5回目になります。昨年まで学生の参加は少なかったのですが、今年は学長裁量経費を充て、39人がチェンマイ大学に行くことができました。
こういう機会に、学生には海外を見せてあげたいですね。教員も39人が行っています。
現在大学では県や県医師会、タイ政府などと協力して、タイでK-MIX(※2)の導入を進めています。周産期医療の質を高めることが主目的 で、専門医のいない病院にモバイルCTG(胎児心拍陣痛図)を配備し、チェンマイ大の専門医が診る体制を作ろうとしています。こういう取り組みも、交流を重ねていたことが大きかったですね。
ー特別教育プログラムも充実しています。
これは私のアイデアで、我々は「ネクストプログラム」と名付けています。学位取得を目的としたものとは別の副専攻で3つのプログラムがあり、どの学部の学生も受講できます。修了要件を満たした学生に対しては、大学が公的に修了認定証を授与します。
人間探究プログラムは、全学の教員が推薦する全60冊の図書から卒業するまでに30冊を選んで読み、レポートを提出します。それに対し推薦教員は、添削をしたり、意見交換をしたりします。インセンティブを与え、本を読む学生を評価する仕組みです。1冊の本が人の人生を変えることもありますから、読書の習慣は重要だと考えています。
防災士養成プログラムでは、今年9月に防災功労者内閣総理大臣表彰を受けた工学部の白木渡教授が中心となって進めており、防災士の資格取得を目指します。これは大変な人気があり、もう200人以上の学生が資格を持っています。その資格を持つ学生を中心に「香川大学防災サポートチーム」を結成し、高松市消防団機能別分団として登録されており、もし大きな災害が起きた場合は防災活動に参加します。このプログラムの特殊なところは、医学部の教員が救命救急の現場の蘇生術を教えるということです。閉胸心マッサージなどができるようになります。
グローバル人材育成プログラムには英語と中国語のコースがあり、単位を互換している大学に限りますが、一定のレベルに達した学生には1年間の海外留学を支援します。今年の秋は、3人がカリフォルニア州立大学のフラトン校、1人がブルネイ・ダルサラーム大学に留学しました。また中国語コースでは、台湾の真理大学に1人が留学の予定です。年間60万から150万円の奨学金を大学が出しています。
また各界の著名人を招き講演していただく、アドバンスト・セミナーという正課外の講座も開講しています。例えば昨年は、元駐ドイツ大使や国連難民高等弁務官事務所職員として難民問題に関わった方、ラオスやカンボジアで農業を教えた方などを招きました。貴重な話が聴けるので、学生には評判が良いんですよ。
私は高校まで香川県で育ちましたが、当時まだ香川大学に医学部はありませんでした。私がもし今高校生であるならば、当然香川大学は志望校の一つでしょう。
学長になって、図書館やラウンジ、食堂、カフェ、ベーカリーなどを新しくし、学生生活を楽しめる環境を整えました。学生時代は友達を作るのも大事ですよね。学ぶ環境と仲間を作る環境は、大学にとって重要なものであると認識しています。
日本語オフリミットのイングリシュカフェも作りました。そこで学生たちは英語でお喋りを楽しんだり、議論をしたりしています。常に60人ほどがいますから、もう少し広く作っても良かったかも知れません。
地方大学は、独特の環境でユニークな学生が育ちやすいと言われています。社会に出た後見違えるように急成長する人材も、地方大学の出身者に多い。私はそういうユニークな学生が多く育つ環境を大事にし、発展させていきたいと考えています。
そして、もう一歩先へ進みたいと考えている学生の、後押しをする大学でありたいですね。
【注釈】
※1 香川大学農学部は1991年、希少糖を生産する酵素を土壌の微生物から発見。現在では単糖から希少糖を生産できるようになった。
※2 かがわ遠隔医療ネットワーク。データセンターを介してCT、MRIなどの画像のほか、病歴サマリーなどを参照できる。