国立病院機構長崎医療センター 院長 江﨑 宏典
患者や家族にとって魅力ある病院に
長崎医療センターの歴史は大村海軍病院にまでさかのぼります。国立大村病院、長崎中央病院、長崎医療センターと名前の変遷を見てみると、だんだん広い範囲をカバーし、機能をアップさせていく、その意気込みが感じられますよね。
今年4月から腫瘍内科、緩和ケア内科、感染症内科の3科を増やし、標榜診療科を36科にしました。いずれも、最近のニーズが高まっている分野です。
当院の患者さんの3分の1はがんの患者さんで、診療は各科でやっています。でも最新の抗がん剤などに精通した医師によるコンサルテーションが必要。これだけ医療が進歩しても原発が分からず、行き場がなく悩んでいる患者さんもいて、その受け入れも大きな使命です。
感染症内科は、外科や耳鼻科などで合併症として感染症があるときに相談の要望が多いんです。数が多く、進化している部分もあるので常に新しい知識が必要。他院との連携の中でも、感染対策に取り組んでいくことになっており、そのキーになるのがここです。
現在、当院は634床、職員数は約1,100人。救命救急センター、総合周産期母子医療センターを備え、長崎県のがん診療拠点病院、地域医療支援病院でもあります。県の委託で「ながさき地域医療人材支援センター」も併設し、離島の病院で代診が必要な時などに医師を派遣しています。
2004年には大村市医師会と大村市民病院と一緒に患者さんの同意が得られた場合に、カルテを複数の医療機関で共有するシステム「あじさいネット」をつくりました。今は県内と佐賀県の一部にもつながっています。
地域の拠点病院として、患者さんやご家族にとって魅力ある病院、信頼ある病院である必要があります。そのために安全安心と、傷はきれいに、病気は迅速に治すという質の高さ、さらに診断や治療のスピード感を大切にしています。
うちは1971(昭和46)年から臨床研修を始め、力を入れてきました。2004年からさまざまな科を回るローテーション研修が必須になりましたが、当院では40年前からやっていたことです。
なぜそれが必要だったかというと、離島に行く医師は、総合診療的なことをしないと役に立たないからです。彼らが困る、そして患者さんはもっと困るんです。
今は、内科と救急と地域医療は必修で、それ以外は選択制というところもありますが、僕は、内科、外科、小児、救急、産婦人科は絶対に回ってもらいます。それは、医者としての最低限のところだと考えています。
知的好奇心を持ってチャレンジを
2年間の臨床研修は、スーパードクターをつくる場でなく、普通のことを普通にできるようになるための研修ですから。とは言え、学生にとって魅力ある臨床研修でなければなりません。多くの学生さんが「興味がある」と言うのが救急と総合診療なので、そこには力を入れています。
今の若い人は優秀だと思いますよ。ただ、もうちょっと、知的好奇心を持って、チャレンジしてもらえば、もっといいと思います。
離島へき地医療に貢献
大村病院の時代から、離島医療に協力してきた歴史があります。長崎県では、地域枠ができる前から離島へき地医療の分野に進んでくれる医学部生に対しての奨学金枠を設けていて、医師になって離島に行く前の研修を当院でやっていたんです。
離島に行った医師が、当院に画像伝送で相談できる形になっていましたし、1970年からは離島の患者さんを自衛隊のヘリでこちらに運んでいました。離島の医師は研修を通じてこちらの医師と顔見知りというのもいい点です。
2006年にドクターヘリも飛ぶようになりました。救急専門で経験豊富なフライトドクターと看護師が、現場で最初の見極めができるというのが大きなメリットです。
年間700件余の出動で、うちに搬送するのは30%。残りは地元の診療機関や、最寄りの3次救急病院に運びます。そうすると医療資源が有効に使えますよね。
導入したころはヘリを呼ぶのにためらった事例もありましたが、拾い上げれば救える命もあります。今は通報段階で一定のキーワードが出た場合、後でキャンセルになっても、積極的に呼んでもらえる形にしています。
県には、離島に診療支援に行く医師をヘリで搬送するシステムもあり、当センターもこれを使って医師を派遣しています。