社会福祉法人恩賜財団 済生会松山病院 院長 宮岡弘明
事務部の石﨑雅人課長によると、済生会松山病院は戦中の昭和18年、17床でスタートした。70年が経過した今、病床数は10倍の170にまで達している。今年4月、副院長を12年務めた宮岡氏が新院長に就任した。院内を熟知した人物の舵取りに、院内外での期待は大きいという。
―治験や健診、がんの化学療法に透析と、病床規模から考えれば多彩な病院だと思います。
愛媛FCの選手たちも健康診断にくる病院です。
取り組みが多いのは、急性期病院として生き残らなければならない、という気持ちがあるからです。岡田武志前院長が先進的で、DPC対象病院や電子カルテ導入、増床など、それに向けて多くの手を打って下さいましたので、私は受け継いだ形です。訪問看護付きの賃貸マンションが最近は増えましたが、これを済生会で初めて作ったのも前院長です。
当院としては、急性期病院としての役割を今後もどんどん果たしたいですね。現在特に力を入れているのは救急医療です。
松山市では8日に1回の輪番制で2次救急を診ているのですが、9月までは他院とペアを組んで診ていました。当番の日に救急を診るのが、当院だけではなかったわけです。
しかし今月の2日からは当院1院で、当番の日の24時間を診ることになりました。
これまでも受け入れ口に救急車が並ぶことがありましたが、今後はもっと増えることになると思います。松山市の人口53万より少し多い、2次医療圏の人口65万人を1院で支えなければならないということで、責任を感じています。
このことは、今年に入って市の医師会からの要請を受け、承諾しました。そうでなければ、輪番制が維持できず、2次医療圏全体に影響が出たでしょう。前院長が平成24年に救急棟を建てるなど、この分野でも設備を整えて下さっていたので、厳しいながらも受けることができました。
また数年前にはHCU8床も作っています。ICUは4床あり、今はこれで十分な体制だと思います。
―救急医療で特に苦労されていることは。
だんだんと大きくはなりましたが、それでも170床の病院です。救急患者の数に対してベッドの数が少ないんですね。余っておらず、キチキチの状態で運用しています。救急の当番の日はこれまでも30人から40人が入院されることがありました。それで当番の前日までに退院して頂くよう調整をするのですが、本当にベッドのやりくりが大変です。今後も増えるでしょうから用意は必要です。
副院長がトップの「病床利用委員会」という内部組織と、看護部が中心になってやりくりしてくれますが、苦労かけています。
どこの病院でも大変なことはあると思いますが、私は協力的な職員に助けられているなと感じています。だから人員を集め、教育することが組織の力だと認識しています。今後も人を大事にする病院でありたいと思います。
―医師の確保は。
当院は愛媛大学の先生が殆んどで、岡山大学からも来ていただいています。現在は常勤が44人、研修医が12人です。当院の規模で56人の医師がいるのは、多いほうかなと思います。救急医療をやると研修医には魅力的に思えますから、今後もコンスタントに来ていただけるよう、頑張りたいです。
―済生丸事業も魅力ではないでしょうか。
済生丸は岡山、香川、広島、愛媛の4県で運用する日本唯一の診療船です。済生会に来なければ乗れないので魅力的かも知れません。
昭和43年から県内の3つの病院で宇和海合同診療を行なっています。今治と西条の済生会と一緒に回るのですが、私も何度も乗船しました。研修医も必ず連れていくようにしています。今年も行きましたが、他の済生会病院のスタッフと会う機会はそんなに多いわけではありませんから、楽しく回ってきましたよ。他院の情報を収集するのにもいい機会になっています。
現在は県内の看護学校などに声をかけて、一緒に乗ってくれる人を募集しています。
―院長になって始めたことは。
組織の運営で大事なのは、トップの考えを示し、全員が同じ方向を向くようにすることです。
それは病院でも同じで、私は自分の考えを伝えるために、給料明細袋にメッセージを入れることを始めました。今後の発展には、職員の協力が不可欠です。月に1回、私の考えを伝えることで、病院がどこに向かおうとしているのか理解してもらっています。