民間では初の地域医療支援病院です

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社会医療法人鴻仁会 岡山中央病院 院長 岡部 亨

岡部 亨(おかべ とおる)
1985 年大学卒業後、高度救命救急センターに勤務。救急科専門医を所得後、数か所の赴任先病院での救急診療科の開設に従事。1992 年よ り岡山中央病院救急部長、2004 年より院長を兼ねる。

 国道53号に面している。岡山インターにも近い。病院が移転してきた平成11年は農業用地ばかりだったが、近年は飲食店などが増え、栄え始めてきた。「救急のことを考えてここに建てたわけではないと思いますが、市の北側で救急をやるには良い立地」だと院長は言う。道が整備されており、車で来院するのには良い環境だ。

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院長の趣味はBBQ。毎週やっているため家族はもう飽き、一人で食べることが多くなったそうだ。「火を見るのが好き」とのこと。

 当院に来る前、関東の病院で救急科を立ち上げては軌道に乗せて、次に移るということをしていました。そして平成4年、医局からの命を受け、私は当院に救急科を組織するため派遣されます。当時は慢性期の病院で、そこでいきなり救急を始めるというわけですから大変なことでした。建物も作り替えなければいけませんし、専属の看護師も連れてこなければなりません。しかし医局の後ろ盾と理事長の思い入れがあったので、想像よりはスムーズに立ち上がったように感じています。今は年間1千500件を、救急科で受け入れています。

 今でこそ多くの病院が標榜していますが、当時岡山市内に救急科はあるかないかという程度で、専門医もほとんどいなかったように記憶しています。救急を頑張って受けている病院も、その時手が空いている医師が診るというようなものばかりでした。それは各々の医師への負担が大きい仕組みです。多くの医師たちの間で救急科という概念がまだ認知されていなかった当時に、専門家の私を呼んだ理事長の考え方は先進的だったと思います。

 救急科を新設するということは、単にゼロから新しいものを作るというわけでなく、医師や医療従事者の意識を変える仕事でもありました。そしてそれは、病院の仕組みを大きく変えるということで、根底を覆すこともあるわけです。当院も救急科を作ったことを機に、急性期病院に生まれ変わりました。今当院は、一般病床162床の編成です。

 10年ほど前から1階でデイサージャリーを始めています。しかしまだ、入院しないというのは患者さんが不安に思っていて、難しい。だから今はまだ、利用度は高くありません。しかし一般に認知されつつありますし、手術そのものが低侵襲になっていますから、今後は増えるだろうと考えています。

 同じく1階では、結石の破砕室があり、ESWL(体外衝撃波砕石術)を施しています。これもメスを使いませんから低侵襲な治療です。

 2階は女性に特化したフロアで、産婦人科の外来があります。

 昭和26年に当院の前身が設立されていますが、その時から泌尿器科と産婦人科は病院の柱です。現在外科や内科も標榜し、各科新しいことを始めていますが、患者さんの数ではこの2科がやっぱり多い。古くからやっていることで、この2科は特に地域の人々に信頼されているのだろうと思いま す。

 平成24年の8月には、放射線がん治療センターを開設しました。IMRT(強度変調放射線治療)機能を備える三菱重工製の高精度放射線治療装置 (Vero4DRT)を導入し、日本で6基目です。時代は低侵襲な治療の方に動いており、患者さんが望むものだろうという推測があって導入しました。非常に優れた最新鋭の機械で、通常細胞をあまり痛めませんし、動体追尾照射機能搭載で、呼吸の揺れも問題にしません。実際に稼働させてみるとやはり要望が多く、患者さんに喜ばれるもので、多くの紹介をいただいています。入院の必要はなく、短い時間で終わるのも良いですよね。今後がん治療は、放射線治療の割合が増えていくのではないでしょう か。

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 移転前の建物は今、法人内の別の病院です。回復期リハビリテーション病棟と、緩和ケア病棟があり、当院の後方病院として機能しています。

 また法人内に限らず、近隣の回復期、慢性期の病院とは連携をとっています。平成13年、日本の民間病院としては最初に地域医療支援病院に認定されており、以前から地域からの紹介を多く受けていることも特長です。加えて、敷地の隣には法人内のクリニックがあり、当院で診ることが適している患者さんに関しては紹介してもらっています。

 総合病院ではなく、得意ではないこともあります。何でもやろうということではなく、得意なことを専門的に診る病院を今後も目指すべきだろう と考えています。ですから法人内のクリニックが、常に当院に紹介をするわけではありません。

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 病院の設計や仕組み自体が、紹介を前提とした作りです。一病院完結型の医療が主流だった時代から、地域の医療機関をバックアップする取り組みをしていましたので、苦労はありましたが、今それが活きていると思います。急性期病院も、地域包括ケアの中に役割を持っています。近隣の高齢者を診る先生から相談があったときは速やかに対応し、「生活」のステージまで見据えたかかわり方をしたいと思います。

 病院では新しいことを始めたり、リニューアルすることが多く、案内板を書き直すこともたびたびです。今年から1年休んでいた脳神経外科を再開させ、特に脳卒中に力を注いでおり、SCU(脳卒中集中治療室)6床を開設しました。こういう小回りがきくことも当院の良いところですが、院長としては大変な面もあります。

 若い時は外科医になりたかったのですが、医師として全般に通じたくて内科的疾患も勉強し、救急医になりました。新しい仕組みを作ることが性格にあっていたらしく、救急科を各所に設置する仕事には面白さもありました。今はまた考えが変わって、現場の救急医としての役割を再認識して います。特に高齢者を診たり、良い形で見送ったりすることに、生きがいを感じています。


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