長崎大学大学院医歯薬学総合研究科/医療科学専攻展開医療科学講座精神神経科学 教授 小澤 寛樹
佐世保市で高校1年生の女子生徒が同級生を殺害し、遺体をバラバラにしたニュースが世間を騒がせています。10年前にも大久保小学校事件があり、若年者の犯罪が長崎県内でも増えています。
私は2003年に札幌医科大学からこちらに赴任しました。それ以前は小学生の患者さんを診た経験はほとんどありませんでしたが、現在外来に来る患者さんの3、4割が18歳以下の未成年者で、子供の精神医療に精神科が深く関わる時代になりました。
長崎県では6年前から「子どもの心の診療医」を養成しています。精神科と小児科に関わる新しい領域の専門医を目指すプログラムで、精神および行動に障害がある子どもの治療についての研修を通して、精神科、小児科どちらかの専門医が取得できるように構成しています。
遺伝子研究の現在のトレンドに「レアバリアント仮説」があります。
統合失調症は100人に1人、躁うつ病もしかり、うつ病は10人中2、3人と高頻度で発症します。これらの疾患に対して、発症する人としない人を単純比較してもターゲットの遺伝子は見つけられません。
正常圧水頭症という特定疾患に指定された難病があります。このような珍しい病気を調べることで、突然変異やタンパク異常を明らかにしやすくなります。それがレアバリアント仮説の考え方です。
当講座では精神疾患の遺伝研究を近親婚家系をモデルに研究し、高い評価を得ています。研究の結果、どうやら統合失調症は直接的な遺伝病とはいえず、影響力の弱い遺伝子が相互に作用して発症のリスクが高まっていくのではないかと考えられています。
日本政府は海外に留学生をたくさん送ろうとしていますし、製造業は工場を海外にシフトし産業構造が変化しています。 長崎大学は世界各国に熱帯学研究所があり、海外とのネットワークがあります。7、8年前、中国の在留邦人の検診をしてほしいと依頼がありました。
上海には10万人以上の日本人がいます。以前は肝炎、水あたりなどにかかる人が多かったのですが、最近はメンタルヘルスに関する問題が急増しています。そこで海外の在留邦人の支援のために、メンタルヘルスに関する知識の普及・啓発、研究支援および企業のメンタルヘルス向上を目的に、株式会社アンド・メンタルを立ち上げ、国内外で働くビジネスマンを対象として、テレビ会議システム・電子カルテを活用し日本人カウンセラーによるカウンセリングを提供しています。
地方の大学病院の精神科の病床数はほとんどが30床から40床です。患者さんの約半分は軽症のうつ病、摂食障害などで、精神科の主要領域である統合失調症や躁うつ病が少ないのが現状ですが、当大学には躁うつ病、統合失調症、思春期、認知症、依存系の患者さんなどさまざまな疾患を持つ患者さんが入院しています。研修に来れば多くの症例を経験でき、高い確率で専門医、指定医を取得することができます。
当教室はWHO研究センターに指定されています。その役割として、精神疾患に対する差別や偏見を是正しなければなりません。意外だと思われるかもしれませんが、医療者が最も精神疾患に偏見を持っています。
その試みとして、映画を鑑賞したあと、症状を検討しながら討議する医学ゼミナール「シネマサイキアトリー」を開講したり、北海道浦河町の精神障がい者の共同体「浦河べてるの家」による講義も行なうなど、あらゆる教育機会を設け、精神疾患への理解を求めています。
私の若いころは統合失調症の患者さんが盲腸になっても手術をしてもらえないことがありました。多くの医師が精神科疾患と、その患者さんを理解し、しっかりと治療ができる体制を整えていかなければなりません。
専門的な知識を身に付けるのも大事ですが、専門医、指定医になるまでは子供さんから高齢者まで、重度な精神症状、人格レベルの問題などオールラウンドに診られる教室を作っているつもりです。専門医、指定医を取得した後に認知症、うつ病、統合失調症、司法精神学など自分の得意技を持てばいいと思っています。
私が若いころはプロレス全盛期でした。強いレスラーが人気があったかというと必ずしもそうではなく、得意技のあるレスラーの人気がでて、その後強くなっていきました。力道山、アントニオ猪木、ジャイアント馬場、ボボブラジル、全員に他のレスラーと重複しない得意技がありました。
精神科医がプロフェッショナルとしてやっていくには全般的に患者さんを診る能力に加えて、得意技(専門領域)を持っていなければなりませんと、いつも若い先生には言っています。
「肝心なことは目に見えない」とサンテグジュペリは言いました。精神医学も目に見えるようになりつつあるが、まだ見えない、しかし目に見えないからこそやりがいのある学問ではないでしょうか。
上海メンタルクライシス ―海外日本人ビジネスマンの苦悩―
小澤 寛樹 著=長崎新聞新書25
学官協同で株式会社アンド・メンタルを設立、代表取締役に就任した小澤教授。上海で働く日本人ビジネスマンのためにメンタルケアの診察室を開設した。
診察に来る人々の姿から海外で働くすべての日本人ビジネスマンとその家族の苦悩が垣間見える。