熊本市医師会ヘルスケアセンター 所長 明石 隆吉
―消化器がんは健診でどの程度発見できるのですか。
がんは症状が出現して発見された例より、無症状の時期に発見された例のほうが治療後の予後が良いことが明らかになっています。すなわち、がん検診の目的は、がんを無症状の早期に発見し治療することで死亡率を減少させることです。発見率の向上が目的ではありません。
検診には対策型検診と任意型検診があります。住民検診は対策型検診の一つであり、対象住民の死亡率を減少させることを目的としています。住民検診は大集団を対象とするために費用・安全性・精度(発見率)を考慮した方法が選択されています。任意型検診とは個人が任意で受診する検診で人間ドックなどがあります。住民検診では、検査の簡便性も求められるところです。
―熊本県のがんの現状は。
熊本県の2003年度の臓器別がん罹患数の多い順は、男性では1位胃、2位肺、3位結腸+直腸で、女性では1位乳房、2位胃、3位結腸でした。一方、1998年〜2000年までの調査により、予後の悪い臓器は、白血病を除くと男性では1位膵臓、2位食道、3位肝臓、4位肺、5位胆嚢の順で、女性では1位膵臓、2位胆嚢の順です。すなわち、膵・胆嚢がんは罹患数こそ少ないものの、極めて予後不良ですが、胃・大腸がんは罹患数は多いものの治療後の予後は良好ですから、検診による早期発見で死亡率が減少する可能性を期待できます。
年齢別でのがんの罹患率をみると、男性では40歳台から女性では30歳台から、加齢とともに増加しています。全国でも同様の結果であり、熊本市から市医師会に委託されているがん集団検診も、婦人科関連以外では対象年齢を40歳以上としています。健診結果は市医師会がまとめて毎年、熊本市に報告します。
具体的な検診内容ですが、胃がん検診は胃X線関節撮影(巡回検診車・1000円)、大腸がん検診は便潜血反応(巡回検診車・300円)による集団検診を施行しています。大腸がん検診は肺がん検診時に受診者に大腸がん検診を勧奨し、希望者に便潜血反応検査セットを配布し胃がん検診時に回収するという方法でしたが、平成22年度からは受診率向上のための方策として市開業医施設において特定健診受診時に便潜血反応検査セットを配布し健診医療機関にて回収という、いわゆる検診の個別化も合わせて施行しています。
―受診率と発見率について。
熊本市医師会がん集団検診での胃がん検診「受診率」はやや減少傾向ですが、大腸がん検診は個別化も合わせて施行開始してからは増加しています。一方、「発見率」は胃がん検診、大腸がん検診ともに横ばいです。
―どんな症状に注意したらいいのですか。
症状があれば検診の対象とはなりません。すでに述べましたように、胃がん・大腸がんは予後の良いがんの1つですが、症状が発見した状態ではがんは進行している可能性があります。すみやかに最寄りの医療機関を受診し、検査・治療を受ける必要があります。
胃・大腸がんは進行していても症状がでない場合がありますので、早期発見には検診受診が重要です。
―お腹を切らずに治療する胃・大腸がんの内視鏡診断と治療について。
内視鏡治療法としては大きく分けて、内視鏡ポリープ切除術、内視鏡的粘膜切除術(EMR)、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の3種類の方法があります。お腹に小さな穴を開ける腹腔鏡下手術を施行する場合もあります。開腹外科手術に比べると侵襲の少ない治療法で、がんの占拠部位次第では大きなQOLの向上に寄与しますが基本的に早期がんが適応対象となります。病変が取れれば良いということではなく、将来的にもがんが再発しないという根治性のある治療法が求められます。いずれの方法にも長所と短所がありますので、病変が存在する場所、範囲(広さ)、深達度(深さ)を術前に良く診断して、患者さんに対しての長期予後を含めた最良の治療法を選択する必要があります。
とくに内視鏡的治療法では、切除標本の病理学的検討で病変の切除断端(水平断端・垂直断端)にがんの遺残があるかどうか、がんの深達度が粘膜内にとどまっているかどうかが問題となります。がんの遺残があった場合やがんの浸潤が粘膜下まで達していた場合には、リンパ節廓清を含めた開腹外科手術の追加が必要となります。
―胆道・膵臓の内視鏡的治療は可能でしょうか。
先に述べたように、通常の開腹外科手術を施行しても膵・胆道がんは予後不良です。しかし、膵・胆道がんに対しても早期の病変に対しては内視鏡的治療も徐々に普及しつつあります。
予後不良の原因の1つとして、膵・胆道がんの多くは進行した状態でしか発見されないことがあります。各種画像診断が進歩した今日においても、膵・胆道がんの早期発見は容易ではありません。その理由として、適切なスクリーニング法が確立されていないことなどがあげられます。腫瘍マーカーの評価の多くは進行がんでの検討であり、早期の膵・胆道がんでは異常値を示さないことが多いとされています。熊本市医師会は膵・胆道がんの早期発見のための試みとして、地域連携パスを活用したプロジェクトを施行しています。その骨子は1.連携施設(かかりつけ医)による膵・胆道がん危険因子の拾い上げ、2.精密検査施行可能な専門施設への患者紹介、3.連携施設、専門施設共同による定期的な経過観察です。
以上のシステムが円滑に機能すれば、膵・胆道がんの診断成績の向上が期待されます。かかりつけ医(連携施設)と専門施設との連携が最も重要ですので、両者が緊密に連絡をとりながら適切な間隔で定期的に経過観察を施行することが大切です。そのためには地域連携パスの有効利用が重要なポイントとなります。
―40歳を過ぎたら積極的な内視鏡や便潜血検査を。
各種のがん検診は1983年の「老人保健法」施行により開始されました。当初は各種「がん検診」は無料でしたが、2001年からは有料になりました。
国は「がん対策推進基本計画」の新計画で「胃・大腸がん検診における検診受診率『40パーセント』を目標としています。国の平成22年度の国民生活基礎調査をみると胃がん検診受診率は40歳以上では、男性34・3%、女性22・6%と報告されています。
集団検診は都市部で低く、郡部では高い傾向があります。受診率が30%を越えればその地域での進行がんが減少し、50%を越えれば死亡率も減少するとされています。検診の受診率を向上させること、とくに新規受診者を増加させるための方策が急務です。
大腸がん検診の受診率については、先に述べたように便潜血反応検査キット配布による個別化が効果をあげています。一方、胃がん検診の受診率対策については多くの課題があります。現在、国が定めている胃がん検診は胃X線検査(間接、直接撮影いずれでも可)です。しかし、バリウムを使用するために受診者が検査後に「お腹が張った・便秘になった」などの症状を訴える例もあり、検診対象者が検診受診を避ける傾向にあります。また検診受診者が高齢者に固定化されつつあることも問題です。
近年、胃がんのスクリーニング法として、ABC分類が注目されています。ABC分類とは胃粘膜の萎縮の程度を示す「ペプシノゲン検査」とヘリコバクター・ピロリ菌の感染を判定する「ヘリコバクター・ピロリ抗体価測定」の2種類を組み合わせたリスク分類です。いずれも血液採血による検査であり、簡便で身体への負担もより少ないと考えられます。ABC分類で胃がんの高危険群と診断されれば、2次検査の対象となります。近年、ABC分類を胃がん検診として導入する自治体もみられるようになってきました。大腸がん検診と同様に検診の個別化が可能となるために、受診率の向上に大きく寄与するのではと考えられます。ただし、ピロリ菌陰性(感染偽陰性あるいは未感染)の場合でも胃癌は認められることを認識する必要があります。
―内視鏡と胃X線検査の差。
内視鏡は粘膜の正常を観察することに優れていますが、一方胃X線検査は胃の形態すなわち変形・伸展不良や病変の存在部位を客観視することに優れています。すなわち、内視鏡では診断が困難であるスキルス癌の診断に関しては胃X線検査に一日の長があります。
―消化器内科を目指す医学生へのアドバイスを。
数年前のテレビのあるドキュメンタリー番組で、マグロの一本釣りの漁師が「人生は道標(みちしるべ)のない暗夜行路」と嘆息していました。
生き物とは多様な存在です。医療に従事して、どれだけ「石橋を叩いて渡る」ように用心した診療をしても、予期されない不慮の事態に一度ならず遭遇するでしょう。大切なことは「何故それが起こったのか、今後どうすればそれが回避できるのか」熟考して対策をたて、その経験を後世に残すことです。
ビスマルクは「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と言いました。(残念なことに、経験しても学ばない医者が存在するのも事実ですが)
平坦な人生はありません。「血と汗と涙―blood,sweat and tears―」にまみれながら、一生懸命前向きに、一生を「耐える人―patient―」に尽くすことが医者という十字架を背負った者の宿命です。
記者の目
インタビュー中、音楽鑑賞に適した環境についても所長は熱く語った。
レコードで聞くことにこだわり、季節ごとの湿度、西日本と東日本の電圧の違いなどで音に変化がでるという。こちらは音さえ出ていればいいと思っているから、言葉では分かってもなかなか実感できない。それを見抜かれたのか、別れ際に、「あと2、3回来てくれなければ語りつくせないよ」と言われた。
そうは言っても毎号特集というわけにはいかない。特別投稿を頼んでみようかと思う。(新貝)