1千人の中の1人のために私たちはいる

  • はてなブックマークに追加
  • Google Bookmarks に追加
  • Yahoo!ブックマークに登録
  • del.icio.us に登録
  • ライブドアクリップに追加
  • RSS
  • この記事についてTwitterでつぶやく

鹿児島大学大学院医歯学総合研究所・耳鼻咽喉科・頭頚部外科学 教授  黒野 祐一

■1980 鹿児島大学医学部を卒業し、同耳鼻咽喉科学教室入局■1982 大分医科大学医学部耳鼻咽喉科学教室助手■1989 から1991 までオハイオ州立大学耳鼻科学研究室留学■以降、大分医科大学耳鼻咽喉科学教室講師、同教授、アラバマ州立大学ワクチンセンター留学を経て、1997 鹿児島大学医学部耳鼻咽喉科学教室教授■2003 同大学院医歯学総合研究科先進治療学専攻耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教授■2005~2007 鹿児島大学医学部・歯学部附属病院長補佐。現在に至る。医師国家試験出題委員、鹿児島県公害健康被害認定審査会委員。

―現在と黒野教授が医師になったころとの違いは。

69.jpg

「医者にはストレス解消が必要。趣味はたくさんあった方がいい」と黒野教授。学生時代には空手やギター、今はジムで汗を流しているそうだ。(5 月29 日撮影)

 物事の考え方でしょう。

 情報量が非常に豊富な時代なので、診断学においてもたくさんのことが分かってきて、情報の入手が可能になったために、いろんな情報を知らなければ診断ができないような、たとえば血液のデータ、画像所見等々ですね。

 そうすると、今の学生や、若い医者もそうなのかもしれませんが、その中で診断しようとして、言わば「情報の引き出し探し」をしてしまう。この病気はこの箱、あの病気はあの箱と、自分の知識を探して行き、そこから必要なものを集めて選んでいけば、その中に何らかの診断が隠されているような、クイズ当てみたいな感覚といえばいいのでしょうか。

 だから、たくさん知っている人、いろんな情報を持っている人が優秀な医師であると思われ、賢く見られがちです。

 我々が学生になったころは、学生向けの教科書なんてあまりなかったですし、情報の収集能力も今ほどなかった。講義も、先生の話を聞いて、そのエッセンスを自分の頭で解析して、要旨をノートに書くようなトレーニングをやりました。情報が少ないですから、たとえば患者さんの「喉が痛い」という訴えから、1つの疾患をもとにいろんなことを推理していくということですね。要するに、解析しながら深く掘り下げていき、引き出し方式ではなくフローチャート方式で診断をしていくというプロセスでした。

 今はそんなことよりも、物事をたくさん知っていて、その引き出しの中から「あった!」というような思考になっているんじゃないでしょうか。

 おそらく、今の子供の教育がそうだと思います。受験勉強もそうでしょうけど、たとえば数学や物理など理数系は物事を考えていくという思考が大切にされましたよね。でも今の学生は、使うべき方程式が与えられ、その方程式を知らなければ数学の問題が解けない。数学の理論を解析する能力は一切問われないわけです。解答パターンをどれだけ知っているかが求められるんです。

 国家試験も同じことで、いろんな情報の中に解答があり、正しいのはどれかというような選び方です。でも実際に臨床の現場に出た時には、まったく違う思考が必要とされる。試験の時のような情報はあらかじめ準備されていないわけです。患者さんの訴えから、どんな検査が必要かと、自分で考えなければいけない。それがなかなかできないものですから、ありとあらゆる検査をしてしまう。それはある意味で医療費の無駄遣いです。

70.jpg

 そのような物事の考え方は、社会の現状が非常に、情報がたくさんなければ安心して医療ができないという社会背景もあるのかもしれません。そこが、私たちの世代と今と違うところでしょうね。

―大学の医師として思うこと、感じることは。

 医師になってよかったと思うことは意外に少ないですね。我々が相手にする患者さんというのは、ほかの病院で治らなかったり、診断ができなかった人を診ていくわけです。そんな患者さんというのは、100人のうち1人かもしれないし、千人のうちの1人かもしれない。

 我々のやっている医療は、ごく限られた人にしか役に立っていないんです。そのためにいろんな勉強をして準備しているわけです。そしてそれが生かされるのはほんの一瞬しかないんです。

 それでも、とても難しい症例に全身全霊を注ぎ込み、それがうまくいった時は本当にうれしいですね。医者冥利に尽きるとはそういうことだろうと思います。でもその患者さんは、おそらく私の一生のうち1人会うか会わないかくらいで、我々はそういう人を助けるためにいるんです。

 私の一番記憶に残っているのは、大分にいた36歳の時ですが、頭蓋底腫瘍という、九州では手術不能、インオペの症例の人が大学病院に訪ねて来られて、ほかの大学病院で手術できないと言われたと言う。だったら死ぬしかないわけです。

 そのころ頭蓋底腫瘍の手術のできる医師は日本に数人いました。だからその先生にやってもらえばどうかと話したら、自分は大分の人間だから、ここ(大分医科大学)でやってほしいと言われたんです。それで私は正直に、自分はやったことはないが考えてみようと話し、頭蓋底の恩師に相談すると、今から勉強してやってみたらどうかと言われました。

 それで腹を決めて、手術まで1か月くらいかかりましたが、頭蓋底のいろんな勉強をしながら、脳外科の先生と毎日ディスカッションして手術の手順を考えました。また、解剖の先生にもお願いして遺体をいただき、シュミレーションして手術にのぞみました。実際の手術には24時間かかりましたが、その方は今もご健在です。

 そのように、我々は苦しいことのほうが多いですよ。でも、それだから報われるのかもしれません。今の若い医師にも、そのようなところに夢を持って努力してほしいと思います。たくさんの患者さんを救うためだったら難しいことをやる必要はないわけです。

―それほど重圧でリスクの高いことをなぜやるのですか。しかもそんな医師が日本には大勢います。

 そういうことによろこびを感じられるから、と答えるしかないです。誰だって人の体を切るのは嫌です。でも我々は、人の命を預かって助けることのプレッシャーが楽しいのでしょうね。ここはほかの人には分からないと思います。ある意味で変わっているんじゃないでしょうか。趣味にしても、今はちょっと控えていますが、自転車に乗れば100キロくらい走ります。つらいけれども完走したら充実感があるんです。でもうちの家内なんかは、何が楽しいのとあきれている。仕事でも趣味でも、楽しいと思う人しか理解できないものです。記者さんが徹夜して原稿を書いたり書き直したりするのは、たぶんそれが楽しいからで、我々はそれを理解できないし、やれないです。あなたが普通だと思えることを、私はそう思えないですね。

―では、ほかの診療科はやれますか?

 私は耳鼻科がいいですね。それは治せるからです。患者さんが元気になるという実感を味わっているからです。だから、命だけは助けようというような手術であれば、それは自分のテリトリーではないなと思いますね。

 患者さんを健全な体に戻せることが耳鼻科の魅力です。耳が聞こえるようになり、鼻の手術で匂いが分かるようになる。眼科の先生もおそらく、目が見えるようになったと言われることがよろこびでしょう。

 感覚器を扱うのは、患者さんが治り、機能を回復できるからです。そこにメスを入れることができるのが我々の特権だし、それを自分のテリトリーとして、自分のいるべきところだと思っているんです。それ以外のところは、たとえば産婦人科のイメージはわかない。やはり私の適正は耳鼻科医だと思います

 だから手術で命は救って病気は治っても、機能が回復しなければ、いくら患者さんからありがとうございましたと言われても、我々は敗北感を感じますね。切除だけなら魅力を感じない。逆に言えばそこが耳鼻咽喉科の魅力でもあるわけです。

―推薦図書はありますか。

 多田富雄先生の「免疫の意味論」はどうでしょう。サイエンスを哲学にしたと評された一冊です。小説なら「海賊と呼ばれた男」(百田尚樹著)かな。壮大な夢と力を感じます。


九州医事新報社ではライター(編集職)を募集しています

楽採で医師の採用を「楽」に!

博多水引×九州医事新報

バングラデシュに看護学校を建てるプロジェクト

人体にも環境にも優しい天然素材で作られた枕で快適な眠りを。100%天然素材のラテックス枕NEMCA

一般社団法人メディワーククリエイト

日本赤十字社

全国骨髄バンク推進連絡協議会

今月の1冊

編集担当者が毎月オススメの書籍を紹介していくコーナーです。

【著者:仲野 徹】
イメージ:今月の1冊 - 75.こわいもの知らずの病理学講義
こわいもの知らずの病理学講義

Twitter


ページ上部へ戻る