医療と法律問題|九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二

  • はてなブックマークに追加
  • Google Bookmarks に追加
  • Yahoo!ブックマークに登録
  • del.icio.us に登録
  • ライブドアクリップに追加
  • RSS
  • この記事についてTwitterでつぶやく

医療事故と法律12

 社会的損失の公平な分担を理念とする民事責任での、「抽象的過失」の判断のありかたを示す有名な判例に、東大病院輸血梅毒事件があります。昭和三六年の最高裁判決ですが、医療過誤訴訟における過失とは何かという問題について、いまでも先例的価値をもっている判例です。

 事件がおきたのは昭和二三年二月二七日。東大病院分院産婦人科で子宮筋腫の手術を受けた女性に、術後の体力補強のために輸血が実施され、この輸血によって、その女性は梅毒に感染してしまいました。

 この事件で問題になったのは、給血者に対する担当医の問診義務です。

 当時は病院に輸血組合というものがあり、輸血が必要な患者がいると、輸血組合の人が呼ばれて血液を供給していました。その際に、給血者が梅毒等に感染していないことを確認する必要があるのですが、当時、日本で有効性が確認されていた梅毒の検査方法は結果が出るまでに一日以上かかるため、便法として、輸血組合の会員に定期的な検査を行い、そこで異常がなかったという証明書があればよしとするのが通常だったようです。この給血者は二月一二日付の証明書を持参していました。しかし、輸血が行われた二七日までの間に、この給血者は梅毒に感染していたのです。

 一審、二審ともに、担当医には、給血者に対し、一二日から二七日までの間に梅毒に感染する機会はなかったかどうかを問診すべき注意義務があったとして、問診を行わなかった過失を認めています。

 これに対して病院側は上告、当時、給血者が定期検査で異常なしとの証明書を持参した場合には問診を省略する慣行が行われていたのだから、担当医が本件で問診を省略しても注意義務違反とはいえないと主張しました。これに対する最高裁の判示は、以下のとおりです。「注意義務の存否は、もともと法的判断によって決定さるべき事項であって、仮に所論のような慣行が行なわれていたとしても、それはただ過失の軽重及びその度合を判定するについて参酌さるべき事項であるにとどまり、そのことの故に直ちに注意義務が否定さるべきいわれはない」

 また、このような過失を認めることは、医師に過度の注意義務を課すものだという病院側の主張に対しては、判決は以下のように述べています。

 「いやしくも人の生命及び健康を管理すべき業務(医業)に従事する者は、その業務の性質に照し、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるのは、やむを得ないところといわざるを得ない」

 仮にこれが刑事裁判であるとするならば、担当医に責任を認めることはできないはずです。そのような「医療慣行」が存在する臨床現場において、その「医療慣行」に従ったことにつき、「具体的過失」を認め、人格的非難を加えるというのは、明らかに医師に過度の注意義務を課すものです。しかし、民事責任はそうではありません。そこで決せられるのは、医師に対する人格的批難の是非ではなく、社会的損失の分担のありかたです。であればこそ、「現にある診療」(医療慣行)ではなく、「あるべき診療」(医療水準)に照らした、「抽象的過失」の有無が判断の分かれ目になるのです。


九州医事新報社ではライター(編集職)を募集しています

九州初の地下鉄駅直結タワー|Brillia Tower西新 来場予約受付中

九州医事新報社ブログ

読者アンケートにご協力ください

バングラデシュに看護学校を建てるプロジェクト

人体にも環境にも優しい天然素材で作られた枕で快適な眠りを。100%天然素材のラテックス枕NEMCA

暮らし継がれる家|三井ホーム

一般社団法人メディワーククリエイト

日本赤十字社

全国骨髄バンク推進連絡協議会

今月の1冊

編集担当者が毎月オススメの書籍を紹介していくコーナーです。

【今月の1冊, 今月の一冊】
イメージ:今月の1冊 - 88. AI vs. 教科書が読めない 子どもたち

Twitter


ページ上部へ戻る