久留米大学の、6つの「だから!」

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久留米大学 学長  永田 見生

1973 久留米大学医学部卒 1981 医学博士 同年Innsbruck 大学留学 1998 久留米大学医学部整形外科学教授 2000 同講座主任教授 2005 久留米大学病院副院長 2009 久留米大学医学部長 2012 久留米大学学長に就任 現在に至る1995: 整形災害科外科学研究助成財団 研究助成マルホ奨励賞 1999: 第98 回西日本整形・災害外科学会Zimmer Travel Fellowship 受賞(指導研究) 2002:Second European Conference on BMP 学会賞 2006: アストラゼネカ研究助成受賞 2010: 日本学術振興会:科学研究費補助金審査委員表彰

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久留米大学 学長  永田 見生

―久留米大学を出た医師は、患者との距離が近い人が多いと聞きます。

 それは長い伝統の賜物でしょうね。授業でそれは培われませんから、クラブ活動やクリニカルクラークシップ(診療参加型臨床実習)の中で鍛えられ、縦横のつながりもできるのでしょう。

 実際に、久留米大学の医師を派遣してほしいとの要望も多いのです。患者さんへの人当りがよく、経営のことも考えてくれるからだそうです。

―城下町だからでしょうか。

 篠山城(久留米城)は豊臣の時代からずっとあり、歴代の城主が民に勉学を勧めたと聞きます。明善堂という藩校も建てて朱子学や西洋医学も熱心に取り入れ、緒方洪庵のもとにも15人くらい派遣して学ばせたそうです。そのお金の工面に有馬藩は苦心していたようです。

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久留米城趾は久留米大学本部(久留米市旭町)の正面にあり、「いつもにらまれているみたい」と永田学長は笑う。現在は本丸に有馬記念館と篠山神社、二の丸・三ノ丸はブリヂストン久留米工場の敷地(写真の奥は大学病院、手前は久留米城趾)。

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選ばれるには理由がある―「仲間も先生も私に近い」「地域とつながる自覚が芽生える」「思い立ったら世界を学べる」「心強い支えで就職に強い」「意欲を満たす充実のキャンパス」「誇れる!世界をリードする最先端教育」―だから!久留米大学。

―久留米といえばブリヂストンや美術館が浮かびます。

 石橋正二郎氏がいなければ久留米大学はなかったでしょう。現在でも石橋学術振興基金として、毎年、優秀な研究に研究費を出しています。

―学生に送るエールを。

 今日(5月23日)ちょうど大学の入試案内が刷り上がってきたところです。そこに、「だから久留米大学!」として、久留米大学の特徴を6つ紹介しています。その最初に、先ほどの質問にも通じる「仲間も先生も私に近い」もありますよ。

 今の学生を見ていますと、人格がきちんとできている人の比率が昔より少ないかもしれません。本来は大学に入るまでに、人格や徳性ができ上がっていなければならないと思います。大学はあくまで、そのような人が知識や技術を磨くところです。

 そうは言いましても私たちの時代でも、大学に入りさえすれば、あとはどうにかなるという風潮がありました。そこは外国の大学と大きく違うところです。彼らは驚くほど勉強していますよ。

 私は日独整形外科の日本代表としてドイツ語圏であるオーストリアにある大学に留学していました。日本の医学はドイツやフランス、イギリスにとてもお世話になっていますからね。その時に学生のモチベーションが高く、よく勉強していることを知ったんです。

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―学長として人生の先輩として訴えたいことは。

 大学は、個性に磨きをかけ、自分の強みを見つけて伸ばす絶好の場です。勉強でもサークルでも、懸命に取り組むことが人間形成につながり、人としての幅を広げます。だから一回くらいは、もうこれ以上できないと思うくらいの経験を若いうちにしておいたほうがいい。入試にしても就職にしても、そこまでやっていないことが多いのです。

 私自身は大学時代、ラグビーに夢中になりました。この経験が社会に出てから大いに役立ち、苦楽を共にした仲間は、生涯つき合える「真友」になりました。

 もう一つは、最善を尽くしたかということです。

 それを、医療の場合は、患者さんがそう思わなければ尽くしたことにならないわけです。これは何ごとにも通じます。

 大学は無限の可能性を秘めた若い人の今後を創造する場であり、人生の指標となる価値観を育む期間でもあります。久留米大学には夢の実現のために、5学部11学科、4つの大学院研究科と法科大学院、17の研究所・センター、そして優秀な教授陣がおり、創立86年の歴史と、恵まれた環境が整っています。2015年には御井キャンパスに10階建ての新校舎も完成します。これらを大いに活用してください。

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 右の2枚は永田学長の作品。「医者にならなければ画家になっていたかもしれない」と話す。

 個展を開くほどに上手な父親の影響もあり高校時代は美術部。今も絵筆を振るうそうだ。

 「湯布院に行って、年に一枚くらいのペース。今は水彩だけど、本当は油絵を描きたい」

 好きな画家は久留米出身の古賀春江(1895―1933、本名は亀雄=よしお)

 「ゴルフは外でやって、それができない時は家で絵を描いて、そんな生活をしたい」

 父は整形外科医で大牟田医師会の永田恒久顧問。 「葛飾北斎は74歳で富嶽三十六景の4回目を書き、『70歳まで自分の絵に見るべきものがなかった』と言って、30年分の絵筆や材料を準備し、90歳で亡くなった。人は最後まで成長し続けるとすれば少子高齢化なんてこわくない。その気持ちを持ち続けることが大切」


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