’教授’の仕事をしなかったので若い人が育ちました

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長崎大学病院 病院長/第二内科教授 河野 茂

教授と学部長の兼任後、教授と病院長を兼任して長崎大学病院を牽引する河野茂医師に近況を聞く

1974 長崎大学医学部を卒業後、第二内科に入局、原 耕平教授(現名誉教授)のもとで呼吸器感染症の研究に従事  1980 長崎大学大学院(病理学)を卒業 1980 ~ 1982 米国ニューメキシコ州立大学医学部病理学教室に留学 1982 ~ 1985 関連病院に勤務  1990 長崎大学医学部第二内科 講師 1993 ~ 1994 米国NIH(National Institutes of Health)NIAID に留学 1996 長崎大学医学部第二内科、教授 2000 長崎大学大学院医学研究科新興感染症病態制御学系専攻 感染分子病態学講座 教授 2005 長崎大学医学部・歯学部附属病院 副院長 2006 長崎大学医学部 医学部長  2009 長崎大学病院長 ■国際学会 International Society for Human and AnimalMycology 国際化学療法学会副理事長 ■国内学会 日本呼吸器学会理事 日本結核病学会理事 日本化学療法学会理事 日本医真菌学会理事 日本臨床生理学会理事 日本マイコプラズマ学会理事 日本DDS 学会理事■全国における社会活動 全国医学部長病院長会議 DPC(包括評価支払制度)に関する専門委員会委員(全国医学部長病院長会) 薬事・食品衛生審議会専門委員(厚生労働省)

 1857年(安政4年)にオランダ人のポンぺ・ファン・メールデルフォールトが海軍伝習の一環として西洋医学の講義を開始したのが、長崎大学医学部の前身。それから4年後の1861年9月20日(文久元年)にポンぺが日本初の西洋式病院「養生所」を120床で開院した。

 その後、所管や名称の変更などを経て1923年(大正12年)に長崎医科大学附属医院に改称。1949年(昭和24年)に長崎大学医学部附属病院に改称。2003年(平成15年)に医学部附属病院と歯学部附属病院を統合、長崎大学医学部・歯学部附属病院と改称。河野院長が就任した2009年(平成21年)に現在の長崎大学病院と改称された。

 現在、病床数は862床、延べ外来患者数およそ42万人、延べ入院患者数が約28万人だという。

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長崎大学病院 病院長/第二内科教授 河野 茂

―院長と第二内科の教授を兼任していますね。

 病院長になって5年、その前は学部長を3年していましたので、この8年間、第二内科の教授の仕事に割ける時間は少なくなりました。不器用なので、院長と教授の二足のわらじを履いているとはとても言えません。その間、医局の教員たちがサポートをしてくれているので、大変ありがたいと思っています。

 第二内科の教授になって18年たち、その間、医局から30人以上の教授を輩出しています。今年も4人教授になりました。私が教授の仕事をあまりしなかったので、若い人が危機感を持って頑張ってくれたんだと思います(笑)。多くの人材を輩出できたことが、私の喜びで、医局に貢献した点ではないかと思っています。しかし若いころは、大変厳しかったので、恨まれているかもしれませんね。

―病病連携、病診連携の取り組みについて。

 診療報酬改定で病院の機能を明確にして、連携をはかっています。大学病院などの特定機能病院は高度医療、先進医療、教育と研究を担います。重症者やむつかしい病気は大学病院で治療、めどがつけば早めに他の病院に移ってもらいます。

 初診紹介窓口を地域医療連携センターに一本化し、ファックス予約を受け付けています。今年の病院の目標に「ファックス紹介予約率の向上」、「紹介率・逆紹介率の向上」を掲げ、より一層の地域連携の活性化を推進しています。

 急性期の患者さんに対して昨年7月から「ながさき急性期病院パートナーシップ」をスタートさせました。本院と長崎市内・周辺地域の20病院が協力・連携して、地域全体で診療する体制を整えました。

―153年の歴史が持つ意味と今後の方向性について。

 長崎大学病院は、関寛斎、緒方洪庵、長與專齋といった、日本の医療の黎明期を支えた偉大な先達や、1945年の原爆投下で壊滅的な被害を受けた時、自らも被ばくしながらも救護班を組織し、被ばく者の救護にあたった永井隆博士などそうそうたる医師を輩出しています。

 これからの長崎大学病院が担う役割は大きく分けて2つあります。離島やへき地の医療をも支える地域医療。もう一つは世界に通じる医療の提供です。

 長崎大学病院が世界に誇れる分野に被ばく医療と感染症医療があります。長崎は昔から被ばく医療に力を入れていました。チェルノブイリ原発事故の被ばく援助・調査の経験を生かし、福島県にも医師が赴いています。

 今後、世界のトップを目指すための課題は若い医師の確保です。臨床研修制度ができて、九州では福岡県以外の病院は医師の確保がむずかしくなりました。若手医療人が魅力を感じる病院づくりが急務だと考えています。医師・歯科医師だけでなく、歯科技師や看護師・薬剤師・検査技師などの医療従事者の教育に力を注ぎ、大学病院全体のレベルアップをして、意欲に燃えた若い人に一人でも多く集まってほしいと願っています。

 長崎にいても学べることはたくさんあります。東京や大阪、海外で学ぶチャンスもあるので、魅力ある病院づくりをし、積極的に情報発信をしていきたいと思っています。

―学生へのメッセージを。

 私が子供の時には、時代背景もありますが、指導者は非常に怖くて、厳しいものでした。私たちの世代は、そうやって育てられましたが、今の若い人にとっては、そういう指導方法は向いてないと思います。しかし、自ら厳しさを求めて勇気を持って飛び込んでいくと、必ず大きな成長の証が得られると思います。都会で効率的に、楽して専門医を取ろうなどと小さな考えだと、医療の醍醐味を味わえないつまらない医師人生となるでしょう。この時代であればこそ、困難な道を切り拓く、明日のパイオニアになって欲しいと思います。

―趣味を教えてください。

 ゴルフが趣味で、学部長のときにシングルになり、ひんしゅくを買いました。好きが高じて自宅に練習場も作りました。

 ゴルフのために腹筋、背筋、腕立て伏せを毎日180回して体を鍛えています。

 ストレッチもして、自転車を20分こいでいます。ラウンドのときもカートに乗らず、歩いてまわります。歳をとってもゴルフを続けたいので、体づくりをしています。

 車も好きで免許をたくさん持ってます。大型免許、大型特殊免許、牽引免許、自動二輪の免許を持っています。免許があるので、他の職場でもすぐ働けます。書道もやってます、病院職員で「墨の大学」というサークル活動もしてます(笑)。


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