救急車に1号橋は渡らせない

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社団法人天草郡市医師会立 天草地域医療センター 院長/外科 原田 和則

1975 熊本大学医学部卒業 熊本大学医学部第二外科 1976 水俣市立病院外科 1977 熊本大学医学部第二外科  1978 熊本大学大学院医学研究科  1982 医学博士の学位取得 1986 熊本大学医学部第二外科文部教官1990 同医局長 1992 天草郡市医師会立天草地域医療センター副院長 1996 熊本大学医学部第二外科非常勤講師 2002 天草郡市医師会立天草地域健診センター長併任 2012 天草郡市医師会立天草地域医療センター院長 現在に至る。■日本外科学会=指導医、専門医 日本消化器外科学会=指導医、専門医、消化器がん外科治療認定医 日本消化器病学会=指導医、専門医、支部評議員 日本消化器内視鏡学会=指導医、専門医、支部評議員 日本胸部外科学会=認定医 日本がん治療認定医機構暫定教育医 天草郡市医師会理事

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社団法人天草郡市医師会立 天草地域医療センター 院長/外科 原田 和則

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 天草郡市医師会立天草地域医療センターまで、博多駅バスセンターから片道6時間かかった。原田院長の案内でヘリポートに上がると、眼下にイオンショッピングセンター、少し遠くにヤマダ電機やコメリホームセンター、洋服の青山が見えた。どれも天草地域医療センターがここに建設されたあとにできたそうだ。山にウグイスの鳴き声が聞こえ、病棟横の「天草南地域包括センター」は別名「うぐいす」と名づけられていることを、金沢さんというベテランの看護師が教えてくれた。

 インタビューは、大笑いさせられたり深く考えさせられたりの繰り返しで、原田院長をご存知の方ならおよそ分かっていただけるだろう。帰りは本渡のバスセンターまで院長自ら車で送っていただいた。家に帰り着いたのは夜の11時半だったが、また行く機会があればいいと思った1日だった。

 この医療センターが平成4年に設立されるまで、心筋梗塞や脳血管障害、がんの治療など手のかかる人は、西海岸部の人はフェリーで長崎に行ったり、このあたりは熊本まで行ったり、あるいは水俣市や出水市方面に行くなど、島外の病院まで出向く必要がありました。その時の概算で年間およそ50億円くらいの医療費が島外に流出していた。

 患者さんは仕方ないとして、その家族が大変です。私はここに来るまでほとんど熊本大学にいましたが、天草から来た患者さんの家族が、大学の横の小さなホテルに泊まり込み、田植えはどうするんだ、漁業はどうだ、仕事はいつまで休むんだと、家族の崩壊も危惧されたし、天草の開業医の先生たちも島外の病院にアポイントを取ったり患者を診たりと大変でした。

 それで医師会立病院の話が出てきたんです。

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 天草に完結型の医療が必要だと、天草郡市医師会が頑張ってここを建てられたんです。そして設立の時に、脳疾患と心血管、がんを主に診ようということになり、熊本大学で外科医だった私に副院長の声がかかりました。

 大学の退任送別会にたくさんの人が集まってくれ、そこで僕は開口一番こう言いました。「私が天草に行ったら、患者に救急車で天草の一号橋は渡らせない」。だから僕のポリシーは「天草で完結型の医療を」です。

 当初は200床で医者は14人。戦場さながらの忙しさでした。今は210床で医者は30人います。喫緊の課題にかなり気を入れ、脳神経外科もぴか一のドクターがやるし、循環器内科的なこともできるし、肺癌も膵臓癌も僕ら外科がやってきました。ここでやれないのは心臓の手術など開心術だけです。そしてこの間、平成11年に県内第1号で地域医療支援病院、同15年には小児救急指定病院、また22年には、がん診療連携拠点病院と脳卒中急性期拠点病院の指定を受けています。

 昨年落成したへリポートの運用についてお話ししますと、熊本県では防災消防ヘリ「ひばり」とドクターヘリの2機が稼働しています。両機は相互に補完的な役割を果たし、消防と医療機関が連携運用するという、効率的で画期的な運用をしています。

 防災ヘリ「ひばり」は原則として病院間搬送で、ドクヘリのほうは「空飛ぶ救急車」ではなく、医師と看護師を同乗させ、種々の救急処置用医療器機とともに現場に急行させる「医師と看護師の宅配便」です。現場で初期診療し、病態に応じてUターン、Jターン、Iターンを選択します。早期の診療着手が大切です。

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 天草という地域と、この病院の役割や特性をそれぞれ考えてみますと、この病院はいわゆる急性期の集中的な医療で開業の先生方と患者さんをサポートしています。そして住民個々の、人生の中での老いとか、認知、高齢化、過疎などと関連してきます。

 熊本県自体が老齢化率で全国の10年先を走り、さらにその10年先を天草が走っているんですよ。したがって2025年問題を私たちはいま見てきているわけです。その意味では、人口は減ってきて、老人は残ります。だからどうしても老々介護、そして連れ合いが亡くなれば独居老人、しかも平野部の少ない島ですから、地形は不便。そんな状況ですが、この地域は医師会がまとまりやすいんです。1つの郡市医師会と、核となる病院が医師会立であるため、行政も含めて連携が取りやすいです。

 それに関連してIT化も進め、電子カルテはもちろんのこと、フィルムレスも熊本で初めて当センターが導入しました。CTも世界最高の256列が入っていますし、MRIも3・0Tのフルデジタルがあります。天草にいても他の地域と同じ診療をしています。そこにITを連携させ、端末を開業医の先生方のところに設置している段階で、4月から本格稼働します。「あまくさメディカルネット」と命名し、サーバーをここに置いて、現在試験運用中です これがうまくいって1年後や2年後を見ていけば、薬局や支援センターなど関連機関とうまくつながって、在宅診療に役立つかもしれません。

 その試みで、ここがモデル地域になる可能性があります。2025年問題にいち早く足を踏み入れていることが、他地域や県、あるいは全国の指針になれば、22年前に熊大から来た甲斐があったというものです。

【記者の目】
背後の山々にウグイスの鳴き声を聞きながらの取材となった。院長の趣味は登山やスキー、それにロードバイク( 自転車)だという。
会話の流れで患者の死の話になり、私(記者)が自分の死のイメージを、「こと切れたあと鼻から赤いものが一すじ流れ出て、鼻血かなと思ったら、実は赤ワイン。こいつ、最期まで飲んでいやがった!とみんなが呆れる」というもの。
院長は笑い、葡萄の品種は何かとたずねる。カベルネ・ソーヴィニヨンと答えると、最後はボルドーの最高級ワインだなと言った。だから、安価なチリ産ですとは言えなかった
天草に行ったのは初めてで、バスの窓から見る島々がとても美しく、運転手にそう感想を話すと、「私はもう飽きました」
本渡のバスセンターで、福岡から引っ越してきたという主婦に会った。「夫の実家があるんです。母親と兄と暮らしています。私の実家は粕屋のほう」と語った。無表情な横顔に生活が垣間見えた。(川本)

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