独立行政法人国立病院機構 呉医療センター・中国がんセンター院長 上池 渉
院長のモットーである「和気満堂」は、研修医時代の師である曲直部寿夫阪大教授(故人)から教えられた禅語で、「場が和やかな気で満たされている」という意味。チーム医療や患者とのコミュニケーションなど、医療の現場にも欠かせない 極意だと考えている。額の文字は、院長が院是を掲げる際に書道を習った先生が書いたもの。病院職員の母親だそうだ。
呉駅を降り、国道31号を東に進めば、丘の上に巨大な病院の姿が見える。かつては軍港のあった区域で、練兵場や鎮守府、海兵団の駐屯地などがあった。病院も海軍病院だったという。戦後豪州兵を中心とする英連邦占領軍に接収されたが、昭和31年に解除された。
現在は救命救急センターとして地域住民に頼られるほか、成育医療でも大きな役割を果たしている。特に、平成16年からは心臓の専門医が24時間365日待機しており、心臓病の救急患者をいつでも受け入れ可能だ。また、昭和40年に中国地方がんセンターを設置以来、癌診療では先駆的であることを心掛けている。国際フォーラムを開催するなど独自の催し物も多く、3月9日には癌を学ぶ市民公開講座で、被爆したピアノの演奏も企画した。
当院の電子カルテは画期的で、カルテを見ながら、診療ガイドラインなどインターネットの情報を閲覧することができます。
セキュリティの課題を富士通と共同開発してクリアし、平成23年から運用を始めました。仮想化(中間サーバを置く形式)という方式で、個々の末端のコンピュータには、電子カルテのソフトは入っていません。また統計などに後利用しやすいのも特長です。私も外来を診ていますが、使いやすいシステムです。今は維持費などの問題で未実装ですが、クラウド化(インターネット上に情報を保存する方法)がしやすいのも特長で、いつでも移行可能です。クラウド化をすれば、災害で当院のサーバが壊れても、データを残すことができます。
紙カルテの時代は、診療科別に複数のカルテを作ることが一般的でした。しかし海軍は1患者1カルテです。カルテを持って船に乗りますから、その方が都合が良いわけです。その伝統が残って、当院では以前から一人の患者を1つのカルテで総合的に診ていました。それが、癌診療では術後のフォローがしやすく都合が良かった。それが、がんセンターを引き受けた理由の一つになりました。
そのほか、早くから癌登録に取り組むなど、先駆的な試みを行なっていたので、中国地方のがんセンターとして機能できると判断されたようです。
今では食道癌や膵癌など、特に難しい手術を積極的に受け入れています。ほかに、中四国では初めてトモセラピー(CTと一体化した強度変調放射線治療装置)を入れています。国立病院機構の中でも最初です。
当院はほかのがんセンターとは違い、3次救急や成育医療も診る総合病院です。
当院の特長の一つは、700床のうち50床が精神科のベッドだということです。そして50床に対し精神科医が8人もいます。
精神科医が多い理由の一つは、重度の精神疾患の患者さんが癌などになった時、対応できる病院が少なく、当院がその受け入れ先になるためです。精神科病床には、重度な精神疾患と、癌や重度の糖尿病などを併せ持つ患者さんが入っています。
合併症のない患者さんはほとんどいません。
また3次救急をやっているので、術後せん妄やICU症候群などの患者さんもいますから、リエゾン(橋渡し)的にかかわっていただいています。また当院は平成12年から緩和ケア病棟を設けています。緩和ケアでは精神科の医師の協力が非常に重要なんです。
生まれは香川県高松ですが、小学生のころから大阪です。当院は大阪大学の関連病院で、私もその縁で平成15年に来ましたが、今では呉や海軍に詳しくなりました。りんくう総合医療センター市立泉佐野病院に赴任した時もオープンの半年前でしたが、当院では独立行政法人に移行する半年前の赴任です。立ち上げ屋さんなんですよ。
昭和31年の接収が解除された時は、医師は全員大阪大学出身でした。今は広島大学の先生が1番多く、岡山大学や京都大学の先生もいます。レジデントも含めて150人の医師がいますが、出身大学に関係なく、切磋琢磨しながら協力して、仲良くやっています。
研修医が多いのも特長で、初期研修医は1学年15人います。
当院には、大阪大学で膵臓移植にかかわった医師や、広島大学で肝臓や腎臓の移植に関わっていた医師がいます。私の研究テーマも肝移植で、ハノーバー大学に留学していました。積極的にすすめはしませんが、移植に対して理解がある病院ではあると思います。当院からは今までに2例、提供された患者さんがおられました。
昨年は当院に入院していた18歳未満の脳死された患者さんの臓器が、ご家族の承諾で提供されました。18歳未満からの脳死臓器移植は日本で4例目でした。
病院は忙しい職場です。医師も看護師も、医療者はみんな疲労していると思います。なるべく疲れないような体制を作らねばなりませんし、癒す環境が必要です。私にとっては重要な課題です。
この問題を大きく改善させる一つの手段は、医師事務作業補体制を作ることでした。今70人ほど補助員を雇っています。全国で一番多い数です。医者には書類を書く業務が多いのですが、本来は患者さんと向き合うことが一番の仕事の筈です。電子カルテに入力する作業も、診療に集中するには妨げです。事務作業を減らすことで、医者を本来の仕事に帰すことができます。
同様に、看護助手をたくさん雇えば看護師の負担を減らし、また、よりよい医療が実現できます。ベットメイキングは、誰でもできます。免許を持っている人には、持っている人にしかできない仕事をなるべく任せるべきだと考えています。検査技師や薬剤師にも、本来の仕事をしてもらう。そのために、しっかりした経営基盤の病院であることが大事だと考えています。
そして私は、黒字を作るためには「患者さんにとって最良の医療を提供すればよい」と信じています。「気配りの医療」があれば収益として付いてくると信じています。そしてみんなで知恵を出し合い協力していけば、理想にもっと近づけると考えます。
一般企業では、サービスの向上や職場環境の改善を目的としたTQC、医療機関ではTQMという活動が行なわれます。
国立病院機構でもQC活動という名称で同様の取り組みを行なっていますが、当院は143ある機構病院の中で、1等賞を2回、2等賞1回を受賞しました。みんなでアイデアを出せば、病院は確実に良くなります。理想を実現させるために、今後も力を入れて取り組みたいです。また私は機構の理事で、他院の特長を知りやすい立場にあります。良いところは自院にどんどん取り込んでいきたいですね。
呉はかつて人口が多かったこともあり、公的な病院が多い地区でもあります。
ライバルでもありますが、機能分担など協力体制を築くべき相手だと思っています。
助けあって、呉の医療をより良いものにしたいですね。