企業立病院の強みを活かして地域貢献

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マツダ株式会社マツダ病院 病院長 奥平 信義

1963広島大学付属高等学校卒 1971広島大学卒 広島大学医学部付属病院整形外科勤務 1972広島県立広島病院整形外科勤務 1974広島大学医学部付属病院整形外科助手 1977広島県立広島病院整形外科勤務 1986マツダ病院整形外科部長 1994同副院長 2006同院長

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今も週に一日、整形外科の外来を診ているそうだ。整形外科の難しい手術やサンフレッチェ広島の選手の怪我は、院長が執刀する。趣味は陶芸で、左に見えるのは院長の作品。

 12月7日、サッカーのJ1リーグは今季最終の34節を終えた。32節終了の時点で、2位広島の勝ち点は57。首位横浜F・マリノスには勝ち点5の差があった。だが広島は、2連勝で勝ち点を63に伸ばし逆転、昨年に続きリーグ優勝を決めた。Jリーグ連覇は史上4チーム目で、34試合の失点はリーグ最小の29だった。

 マツダ病院の奥平院長は、Jリーグ発足当初からサンフレッチェ広島のチームドクター。連覇を陰で支えた功労者のうちの一人である。

 当院はマツダ㈱の一部署という位置づけで、私は社内的には本部長というポジションです。独立採算ではありません。病院の運営には、本社の景気も大きく関わってきます。昨年新しく入院棟を作りましたが、これも病院だけの努力で作れるものではないんです。

 病院職員はマツダ社員ですから、入社式には本社事務職技能職と共に、看護師などコ・メディカルも参加するんですよ。当院は給与体系も本社と同じです。総務や法務など、本社の部署を頼れるのが、他院にはない当院の強みですね。

 医師ももちろんマツダの社員ですから、社員割引で車を買えます。私は今はRX│8に乗っていますが、良い車です。昨年生産終了したのが残念です。私はロータリーエンジンが好きで、当院に来る前から乗っていたんですよ。あの音を好きになったら、レシプロには乗れなくなる。面白い車を作るところが、マツダの良いところです。

 病院には車を展示するスペースはないから、私の提案で入院棟との渡り廊下のブラインドに、車の絵を書いてもらいました。R360クーペやコスモスポーツから始まって、アクセラやRX│8が見れます。患者さんにはマツダらしさを楽しんでもらっていると思います。他に健診センターに向かう廊下に、ル・マン24時間耐久レースで優勝した787Bをモチーフにした絵が飾られています。

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マツダ㈱本社ビル(写真=左)とマツダ病院。病院は安芸郡府中町に所在するが、本社敷地は府中町と広島市南区にまたがっている。

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昨年竣工した入院棟。マツダ社員の入院は全体の1割、外来が2割ほどだという。「社員が健康なのは良いことです」と院長。

 専門は肩関節でしたが、整形外科医ですから以前からスポーツに関わることは多かったですね。しかしプロやプロに近い選手を診るようになったのは、当院に来てからです。

 マツダは以前、JSL(日本サッカーリーグ)に参加するサッカー部を持っていました。私は当院に務め始めてすぐに、中野豊道前院長と交代した形でそのチームドクターになりました。当時マツダのサッカー部は強くて、有名選手や指導者を多数輩出しています。

 平成5年、Jリーグ発足時に、部員の多くがサンフレッチェに移籍しましたから、以後そちらのチームドクターを勤めるようになりました。以来ずっとチームドクターをしています。ヨーロッパ遠征にも付いていきましたが、そのころはまだ部長でしたから、そこまで忙しくはありませんでした。

 昔はすぐピッチに入れたので、選手が倒れた時はトレーナーと2人で駆け付けていました。トレーナーは足が速いから、サポーターには足が遅いと思われていたでしょうね。

 チームドクターは今整形外科医が4人いますが、最初からいるのは私だけです。

 今マツダはラグビーと女子バレーのチームを持っています。ラグビーは、当院で整形外科を診る若い先生がチームドクターをやっています。

 広島はサッカー王国と言われたくらい強い高校がいくつもありましたが、私の母校の広島大学附属高校も強かったんです。前身の広島高等師範附属中学の頃からサッカーの名門です。だから体育の講義はサッカーがメインでした。

 私の父や伯父も、サッカー選手だったんですよ。父たちは3兄弟ですが、3人とも日本代表なんです。父は養子で、野沢信韶。私の名前の信の字は、父から継いだものです。野沢3兄弟は、昔は有名だったんですよ。

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 当院は5病棟270床で、特別大きな病院ではなく、医師集めには苦労しています。そして医師は、ある程度広い範囲を診なければいけません。やり甲斐は感じていると思いますが、苦労もかけています。院長として、感謝しています。

 しかし当院は看護師の応募が多く、これは助かっていますね。募集定員の約2倍の応募があります。看護部の教育がとても良く、また人間関係が良好で、1年目で辞める人はほとんどいません。また本社の人事が関わってくれるので、募集や選考も、入ってからのフォローも他院よりノウハウがあります。企業立病院の強みの一つです。

 当院は松田重次郎氏(マツダの前身である東洋工業㈱創始者)が地域貢献のために建てた病院です。「和顔愛語」をテーマとして、今後も「地域で存在価値のある、信頼される病院」を目指します。

 今は院内の各部署が、さまざまなアイデアを出してくれます。私の主な仕事はそれを聞いて、喜んで、そして「やろう」と勢いをつけることです。みんなに支えられている院長なんですよ。

マツダ株式会社マツダ病院

 前身は昭和13年、東洋工業㈱本社内に医務室として開設。16年に附属医院、25年に附属病院となった。現在の場所では36年より診療を行なっている。

 平成7年より二次救急指定病院の認定を受け、平成10年より臨床研修病院。13年にはCCU、SCU、翌年にはHCUを新設し、重症患者への体制を強化した。21年、病院は総務大臣より救急功労者表彰を受けている。

 日帰り手術センター開設や、DPC試行的適用は県内民間病院では初。電子カルテの運用も、200床以上の県内民間病院では最初だった。

 安芸地区医師会の104会員からの新病院建設要望書を受け、新入院棟の建設を含む病院のリニューアルが行なわれた。


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