人のよろこぶ顔が好きなんですよ

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医療法人 中心会 野村病院 理事長 野村 敏彰

1961 熊本大学卒、医学博士。黒瀬病院勤務 1966 野村内科医院を開業し2001 医療法人中心会野村病院。 1976 宮崎県国民健康保険診療報酬審査委員 1988 日本リハビリテーション医学会リハビリテーション専門医・同認定臨床医 1989 日本リハビリテーション病院施設協会評議員 日本リハビリテーション医学会専門医研修施設責任者・同認定指導医 1991 日本内科学会認定内科医 1999 九州保健福祉大学非常勤講師 2002 地域救急医療の功績で宮崎県知事から知事表彰 2006 同、厚生労働大臣賞など。
■宮崎県初代県北地域リハビリテーション広域支援センターセンター長。

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写真左から、松本清孝外来師長、井手誠一リハビリ科長、野村敏彰理事長、野村郁夫院長、有村絹代事務課長、矢野美代子病棟師長、石田弥生病棟師長。

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―延岡タンゴ愛好会の会長をされていますね。

 昭和30年に熊本大学を卒業する2、3年前に、ラジオでアルゼンチンタンゴの草分けである高山正彦氏のディスクジョッキーを聞きまして、それに惚れ込みました。

 ご承知かと思いますがタンゴというのは、非常にリズミカルな中に、人生の哀愁と喜びと満足が交錯しています。それ以来ずっとタンゴに魅了されているんです。

 当院は昭和40年に内科を中心に開院しましたが、途中でリハビリテーションを併用し、そちらにも力を入れているのが特徴です。タンゴでリハビリテーション運動そのものは出来ませんが、こういう音楽があることを患者さんに知ってほしくて、院内で演奏会をやることもあります。

―リハビリに力を入れるようになったきっかけは。

 私は大学で腎クリアランス、高血圧に一番大事な腎臓を研究していましたが、開業した昭和40年と申しますと終戦から20年ですから、食べ物も着る物もだんだん豊かになり、生活習慣病が少しずつ増えてきた時代です。そのころ高血圧の患者さんは特に多く来院されましたが、時々、足や手が動かないんですと訴える人が出てきて、これは脳卒中、脳血管障害の前兆ではないかと考え、今後こういう患者さんが多くなれば社会が非常に苦労すると思ったわけです。私は循環系統の医者ですが、そのかたわら、リハビリテーションにも力を入れてきたんです。

―国はこれから関節障害などに力を注ぐんですか。

 国が威勢をあげても、それを裏付けるデータがあまり出ないんですよ。リハビリテーション支援センターなどを中心として、お医者さんも少し増えていますが、これから一番大事な老年医療、寝たきりをどうするか、そしてそれを助ける人をどのように活用していくかについては、まだはっきりわかっていません。

 今の日本には100歳以上のお年寄りが4万人以上いるそうですが、その中に、手足を動かして身の回りの物を運べる人は何人いるでしょう。

 これからも老人はどんどん増えてきますので、寝たきりにならずに少しでも日本の社会をバックアップする手伝いをしてもらうという考えが大切になります。社会を作るのは人ですから、そこをないがしろにしたら、いくら立派な文明を持っていてもだめでしょう。

―私が高齢者になった時、周囲に助けてもらえるだろうかという不安はあります。

 昨日もジャスコで顔見知りのお爺さんに会ったんですが、買い物袋を下げて地下の食品売り場を1人で回り、売り子さんに、惣菜を負けてくれと交渉しているんです。

 今の老年者は本当にかわいそうですよ。日本をここまで引き上げてきたんだから、もう少しいい夢を見させてあげなければいかんと思いますね。そこで私の出来ることとして、延岡に九州保健福祉大学が建った時、リハビリテーション科の非常勤講師を7年ほどやりましたし、「夕刊デイリー」という地元新聞に約13回、リハビリテーション医療について一般家庭向けに連載しました。

―なぜお医者さんになられたんですか。

 端的に申しますと私は人を喜ばせることが好きなんです。よろこんだ人が顔に笑みを浮かべ、それが私の気持ちを明るくする。そんな気持ちは小さいころからありました。

 タンゴもそうです。人生の浮き沈みを感じるタンゴを聞いて喜ぶ患者さんの顔を見て私はうれしくなり、また明日から診療にまい進しようと思うわけです。だから医者という仕事は私にぴったりだったかもしれません。

―ドクターめざして勉強している人に助言するなら。

 若いうちは病気なんて平気です。でもだんだん体が弱くなって足腰が立たなくなり、手足が自由に動かなくなって、そのうえ頭までぴんとこない。それが病気につながって、死につながるわけです。「君たちも30年40年経てばこうなるんだよ。そこのところをよく考えて、この人たちにどう処遇したらいいのかを考えなさい」と言いたいですね。

―目の前の患者は未来の私だという考え方でしょうか。

 日ごろの生活まで気になれば、医者であろうとなかろうと、本心から声をかけてあげることになりますね。そして、実行は出来ないかもしれないけど助けてあげたい、援助の手を伸ばしてあげたという気持ちになれば、いい医療者になるんじゃないですか。

 家族の来訪がない入院患者さんの肩を叩いて、「さっきおうちの人に電話してあげたから、きっと来ると思うよ」と言うと、私の顔を半分にらんで、半分喜んだような顔をします。家族が来るのが一番うれしいんです。

 朝、布団から出るのを面倒くさがる慢性期の人に、「太陽が昇ったよ、来週また来るようにお嫁さんに話しておいたよ」と言っても僕の手をはね除けます。それでも「では私と一緒に手をつないで起きよう」と手をつかまえてゆっくり起こしていき、「おお!これならまだまだおうちに帰って孫をかわいがることが出来るよ。孫はかわいいだろう」と言うと、「はい」とうなづいて、入院した時は動きが悪くて、うんともすんとも言わなかったのに、1年ちょっと経つと私の顔を見て「あ、先生だ」と言ってくれ、朝のラジオ体操もスタッフと一緒にやってくれるようになります。

―希望という治療薬があるんですね。

 人間はいくら衰えても、医術の目を光らせてよく探せば、どこかに良い点があるはずです。その良い点を拠り所にして患者さんを治療する。それを周囲の人、特に家族、お嫁さん、子供さんらと一緒になってやっていけば患者さんは喜ぶでしょう。

 目と目を合わせて意志を交流すれば、患者さんはにやっと笑って返してくれます。これは医術のふるまいの前提になる大切なことで、それなくしては医術をうまく発揮できないと思います。

 特に老人には私たちの優しさが必要です。それも毎日です。医師や看護師や介護士に優しさがなければ、いくら医者の技術を患者に話しても、注射や薬や高度なリハビリテーションをやろうとしてもだめでしょう。


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