独立行政法人国立病院機構 福岡東医療センター 院長 上野 道雄
博多と北九州のあいだ、粕屋宗像地区にあり、現在、隣接地に福岡県初の感染症センターを建設中。救命救急センターや外来管理棟も順次備わるという。医療センターそばに2008年、福岡女学院看護大学が開設し、在宅医療ネットワークと医療安全を主要な柱にして、このほど住民の声を冊子「明日の安心に向かって」にまとめた。感染症センター建設に当たっては反対運動も起こり、「正直に答えること」の大切さを上野院長は痛感したという。
深夜の喫煙室から学んだ
昔は九大病院にも国立病院にも、病棟の中に喫煙室があったんです。それで僕は消灯したあと、しょっちゅう喫煙室に患者の声を聞きに行っていた。そしたらね、患者さんが一生懸命、主治医の自慢をしてた。
主治医の自慢ができる患者さんというのはね、実に得意そうに話されるわけですよ。自慢できん患者さんがその話をつらそうに聞いて、それでも自分の主治医にもこんないいところもあるんだと言い返したりして、そんな中で、その話をどうしても我慢できない人が何人かおられた。
その光景を見とったらね、主治医を自慢できる患者さんは幸せそうにしていた。それで次の日に、患者さんの話の内容を看護師に確認したら、ずばりだったんですよね。
私は時々、医療事故を扱っていますが、医療事故には本当の事故と、接遇がまずくて起こる場合とがあるわけです。
接遇のまずさによる事例というのは、患者の訴えに対して、言った言わないの話になるんですが、カルテを見てみると、1週間も10日も前から患者さんが看護師さんにいろんなことを訴えているわけです。そんな時に私がいつも思い出すのは、深夜の病棟の喫煙室ですよ。
患者は主治医をかばいたい
患者さんは看護師に言う前に、1週間は悩まれるわけです。自分の主治医をかばいたいんです。いい主治医なんだと思い込みたい。だからなるべく良い方に考えようとして悩みぬく。そして何日もたってから看護師に言い、ごちゃごちゃになるんです。そのずっと前から不満がいっぱいあることを、まったく分かっていないお医者さんが多い。
事実を知って驚いたお医者さんは何人もいるけど、「いや、自分はあの患者から感謝されとった。退院する時に饅頭をくれた」とか言うわけですよ。だから感謝されとったと。
おまえ、バカか?て。その饅頭は接遇を少しは改善してほしいと願いを込めた饅頭やったんやて。そう言うと、きょとんとして、納得できない顔をしているんですよ。
感染症センターの建設場所付近で古代の住居跡が見つかり、発掘調査が並行して行なわれている。古賀市教育委員会の井英明業務主査によれば、弥生時代後期(後期後葉)頃の竪穴式住居跡と古墳時代後期(6世紀前葉)頃の竪穴式住居跡。他に弥生時代から古代頃までの建物遺構があり、 確認されたものなどから集落として利用されていたようだという。遠方に見えるのが福岡東医療センター。(写真=川本)
あるいは医者の方から、「どうもあの患者は看護師に不満があるみたいだ」と真面目顔で言うわけです。それでその患者さんから話を聞いてみたら、実は医者に対して不満があったんです。
聞き上手が名医の条件
私たち医者に共通の欠点は、話を聞くのがヘタなんですよ。
卒業したその日から、経験が何十年もある看護師より偉く思ってしまう。習い覚えて記憶していることを出すだけでありがたがられるわけ。それで20年、30年経ったら、会話のつもりが説明や演説になってしまう。
私は今までに、いろんな医者のことで何度も謝りに行ってね、「いいですよ先生、お医者様のされたことですから、私は分かっとります」と言われたことが何回もあります。お医者さんは浄土真宗でいうと、悟りにくい人たちなんですよね(笑)
それで、聞き上手が求められる仕事、タクシーの運転手や中州のお姉さんに聞いてみたんですよ、どうすれば聞き上手になれるかを。
するとね、自分で考えんといかんし、盗まんといかんし、怒られて学ばないかん。盗もうとするには困らんといかんけど、お医者さんは困ったり盗もうとする気持ちにならんやろうと言われました。
私は名医の条件として、まずは聞き上手じゃないかなと思う。相手のことを聞けんで、いいお医者さんにはなれんのじゃないかなと思う。
仮に1万通りの治療法があっても最後はゼロになり、真正面から受けとめてあげることしか出来なくなります。その瞬間の触れ合いに万金の重みがあるんです。その時に患者さんから、この主治医でよかったなと思ってもらえるだろうかと、医師はたえず意識しておく必要があるでしょうね。
私の話を聴いてください
福岡東医療センターの上野道雄院長を取材しながら、「私の話を聴いてください」という詩をしきりに思い出していた。
この詩を知ったのは8月10日、中央区荒戸のふくふくプラザで開かれた、福岡がん患者団体ネットワークがん・バッテン・元気隊主催の「福岡がんピアサポート講座」でのこと=写真。
この日は元気隊代表の波多江伸子さんをはじめ、木村病院の野崎仁美緩和ケア認定看護師、にのさかクリニックの二ノ坂保喜院長などそうそうたる講師陣で、在宅ホスピスボランティアの会「手と手」の副代表、峰平あけみさんが、参加者60人の前でこの詩を読み上げた。
あとで調べてみると作者は米国の教育学者レオ・ブスカーリア(=1924〜1998)という人で、「Loving Each Other」という著作の中にあるらしい。(川本)
私の話を聴いてください
私の話を聴いてくださいと頼むと、
あなたは助言をはじめます。
私はそんなことを望んではいないのです。
私の話を聴いてくださいと頼むと、
あなたはその理由について話しはじめます。
申し訳ないとは思いつつ、私は不愉快になってしまいます。
私の話を聴いてくださいと頼むと、
あなたは何とかして私の悩みを解決しなければという気になります。
おかしなことに、それは私の気持ちに反するものです。
祈ることに慰めを見出す人がいるのはそのためでしょうか。
神は無言だからです。
助言したり、調整しようとはなさいません。
神は聴くだけで、悩みの解決は自分にまかせてくれます。
だからあなたもどうか黙って私の話を聴いてください。
私の話が終わるまで少しだけ待ってください。
そうすれば、私があなたの話を聴きます。