弱者相手だという自覚

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北九州市立医療センター 院長 豊島 里志

1973 九州大学医学部卒、九州大学医学部附属病院病院病理部医員 1977 宮崎医科大学医学部病理学教室第一講座助手 1979 九州大学医学部附属病院病院病理部助手1982 国家公務員共済組合連合会浜の町病院検査科病理医長 1983 九州大学医療技術短期大学部助教授 1985 北九州市立小倉病院臨床検査科部長 1991 北九州市立医療センター臨床検査科部長 2002 同副院長 2008 同総括副院長 2013 同院長。現在に至る。

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北九州市立医療センター 院長 豊島 里志

 今年4月から院長になりました。生まれは鹿児島、大隈半島の志布志という田舎。まだ戦後を引きずっていたころで、治療費なんかも現物、米とか野菜を持ってくる人もいた時代です。

―なぜお医者さんになろうと思われたんですか?

 家族がそういう環境にあったのと、理系と文系の要素を両方持ってるのは医学部かなという感じがあったのかもしれません。医学はいろんな側面があるかもしれませんから。でも医者といっても、私は通常の臨床医とは少し違うんですよね。卒業してすぐ病理学教室に入りましたから、実際に患者さんを診たことはないんです。

―具体的にはどんな仕事でしょう。

 今では病理医という名称が市民権を得て、臨床の一つの分野になっていますが、当時は基礎医学の一つの分野と見なされていました。

 たとえば亡くなった患者さんの病理解剖をするというのが大きかったです。組織の一部を取って、それが癌なのか癌じゃないのか判断をするとか、手術した材料を検査して、どういう種類の癌で、こんな癌だったら、この人は今後どんな治療をしたほうがいいのか、あるいはもうしなくていいのか、その癌を持っている患者の予後はどのぐらいなのかというのを予測する仕事、といえば分かりやすいでしょうか。

―普通の感覚で言うと、統計学で世の中がわかるというような仕事でしょうか?

 ちょっと違うと思います。トータルで見ているのではなく、個々の患者を見ているんですが、その見方が違います。病理学というのは、今でこそ、診療に直接関わりますが、古典的に言うと基礎医学の1つの分野です。表現が難しいところですが、病気をかなり客観的に見る立場にありますね。その患者さんの病気をすぐ治すというところに入らなくてもすむようなポジションから見るんです。案外、全体像がよく見える場合もあります。

 ただし現場の話は聞くんです。病理の仕事の1つに、亡くなった患者の病理解剖をするというのがあるんです。病理解剖で私どもは病理的な所見をまとめるわけです。そのあとの臨床病理検討会で、臨床の主治医が生前の所見や検査データ、自分たちの考えを発表する。その上でお互いに疑問点をぶつけ合って議論するということはあるんで、心情的なことはあまり議論にならないけど、臨床でどんなことがあったかということはちょっと見えます。議論で垣間見るという感じでしょうか。

―その分野を選んだ理由は。

 どの方向に進むかを決めかねていた時に、将来臨床に行くにしても、病理をやっていたら広い意味で役に立つんじゃないかと助言をくれた方がおられ、それでやってみたら案外面白かったんです。

―仮説が正しければ正しい結果が出るし、誤解すれば誤解通りの結果が返ってくることはあるでしょうね。

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JR 小倉駅からモノレールで2駅。旦過(たんが)で降りると直結の歩道がある。左の長い構造物はモノレールの線路。

 それは非常にあります。

 同じ病理でも大きく2つにわかれていて、1つは実験病理というもので、もう1つは外科病理と言います。

 実験病理というのは今おっしゃったような仮説を立てて計画を立て、ある特殊な病的な状態を作り出して追跡していくものです。外科病理は実際に患者さんの中から取り出していろいろな病変を見て、それを集めることによってその中に規則性を見いだしていくんです。

 私がやってる外科病理の分野では、ボスから言われたことがあるので今でも覚えているのですが、たとえば同じ胃癌でもいろんな患者さんがいますよね。違う人間を手術して取り出してきた胃癌の標本を見ていると、その中から自然に法則性が見えてきて、何かこの中に宝物が埋まっていると気がつくんですね。それが見えるか見えないかの違いがあるんですよ。同じものを見ていてもまったく見えない時もあれば、するするするっと見えてくることもある。そういうところが基礎医学的なことでは起りますね。

―並べると何かが見えてくる感性は鍛えられますか。

 難しいところですね。ある程度までトレーニングでいくとは思いますが、持って生まれたものがあると言わざるをえないと感じることがあります。それを一般的にはセンスというでしょう。

―院長の苦労の一つに、医療者の気持ちを1つにすることがあるそうです。

 どの世界もそうかもしれませんが、医者の世界は自分の腕に自信を持っている人たちの集まりです。職人かたぎが多いから、納得したらとんでもないところまでやれるし、納得しないとなかなか動かない。だから自分たちが納得した上で決定しているんだという組織作りをしていかなければ、病院はうまくいかないです。

 実行しやすい枠組みを作って方向性を示し、あとはその人の能力にお任せすることだと思います。病院が成り立っているのは人ですからね。

―任期中にやりたいことは。

 北九州は医療の仕組みを考える時に面白い場所なんです。というのは、いくつかの総合病院がありますけど、それぞれの病院が特徴を持ってるんですね。同じような形の総合病院がたくさんあるのではなくて。

 今の医療の世界は、機能分化と連携がテーマになっていて、連携はまだ成り立っていませんが、機能分化はそれぞれの病院が病院ごとにやってきて、だいたい成立している。それをうまく結びつけて連携さえうまくいけば、面白い医療圏になる可能性を秘めたところなんですよ。そういう背景があるので、それをシステムとして保障できる仕組みを模索してるところなんですね。医師会と相談して何か連携のためのネットワークを作れませんかねという話をやろうとしてるところなんです。

―たしかに、病院ごとに特色が明確な感じはします。

 せっかくだからそれをうまく結びつけ、開業医の先生のところに患者さんが来た時に、これだったらこの病院に、この病気だったらこの病院にというふうにネットワークの中で選ぶことが出来るような仕組みが出来ないかなと思うんです。そうなってくると病院完結型の医療じゃなくて、本当の意味で地域完結型の医療が出来るんじゃないかなと夢はあるんですね。その風土が北九州にあるんじゃないかなと期待しているんです。5市合併は足を引っ張るところがあるけど、その弱点もうまく使えば次のステップに行けるかもしれません。

 うちのスタッフはかなり優秀なんです。今この病院が、この地域の癌センター的な機能を果たしてるんですね。そういうスタッフの能力がきちっと展開出来るような場を作りたいということです。そしてそれが先ほど申し上げた、北九州市の地域医療の中で、きちっと位置付けられていくっていうのが夢ですね。

―医師を目指す人に助言するとすれば。

 無駄をいとわないこと。おりこうさんな生き方しないことだと思いますね。基本的に患者というのは弱者ですよね。弱者を相手にする仕事だということを出発点で自覚しておいたほうがいい。それで世の中を変える仕事をしようというのは無理だと思います。自分はひょっとしたら出来るかもしれないと思ったら傲慢になると思うんですよ。何も出来ないところから出発して、病気を治したいという意思を持った患者と、それをどうにかサポートしたいと思う医者がいて初めて成り立つものです。本当に優秀な人は、健康な人を相手にして社会を動かすような仕事に就いた方がいいと思います。法学部、文1に行って官僚か政治家になった方がいいでしょうね。


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