夢を語るのが大学教授の仕事

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鹿児島大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野 教授 河野嘉文

1981 鹿児島大学卒 聖路加国際病院小児科研修医・医員 1985 徳島大学医学部附属病院小児科医員 バーゼル大学血液内科留学 1988 徳島県立海部病院小児科医長 1991国立療養所東徳島病院小児科医員 1993 徳島大学医学部附属病院小児科助手 2000 同講師 国立病院九州がんセンター小児科医長 2002 鹿児島大学医学部小児科学講座教授

 NPO法人こども医療ネットワークは、離島や僻地の小児医療を支援する組織だ。患者や家族の旅費・宿泊費を支援したり、小児科医による巡回診療を支援し、今年で9年目になる。「子供は生まれる場所、育つ場所を選べません。ですが、どこに住んでいても、医療と快適な闘病生活を応援したい」と、理事長である河野教授は法人を立ち上げた。法人は思いを共有する人々で組織され、その思いに賛同する多くの人々の協力でなりたっている。医療人はそもそも仁者であるべきであるとはいえ、教授の求心力を納得する取材だった。

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後ろの書は川上南溟氏の作。南溟氏のご子息の川上清先生(鹿児島大学小児科の先輩)からいただいた。絵は妻が好きだったはせがわゆうじ。

―小児科は何歳くらいまでの子供を診るのでしょう。

 我々からみればその質問は、「私は小児科医療を分かっていません」というのと同義語なんですよ(笑)。

 小児科とは、小児期に発症する小児特有の病気を診る科です。なので、二十歳を過ぎた患者さんも小児科に入院していますし、逆に小児の重い病気でも、内科に紹介する場合もあります。年齢ではなく、病気の種類なんです。

 受診する人は、自分がどんな病気なのか分かりませんから、一応15歳以下を診ることになっていますが、社会的な、便宜的なものです。だから幼稚園や小学校に通う人が最初から小児科にかからないといけないとは、私は考えていません。3歳未満でなければ、内科でいいと思います。個人的な考えでは、小児科で初診すべきなのは1歳未満です。

 小児科ではお年寄りを診ません。他科はお年寄りを診ていますが、当然お年寄りになったことのない医療スタッフが診ています。しかし子供だったことのない人はいませんから、我々は患者さんの気持ちが分かって診療をしている科だと考えています。そして、子供たちが病気にならないように、健全な成長と発達を見守るのも、小児科医の役割です。

 地方大学の小児科では、どうしてもいろいろな分野の治療をやらなければなりません。心臓も腎臓も血液も、みんな診なければならない。そして県内の患者さんがほとんど集まってきます。

 ですから「鹿児島大学はこれが得意です」と特化できないのが現状です。小児科というのは均一な集団ではないんですよ。内科の全分野の縮小版ですからね。小児科というくくりでは同じタイプの医師かも知れませんが、他科よりも領域の広い個性的な集団だと考えています。

 極端な話、多忙な分野もあれば、そうでない分野もいる科です。そういう人たちが一緒になって診療をしている。我々は、子供たちのために働きたいという医師の集団です。

 かわいそうという気持ちでは正確な診断・治療はできません。子供と触れ合うことが好きだというのは大事な要素ですが、幼い命がどんどん失われていきますから、子供が好きなだけでは難しいでしょうね。

 だから、小児科学という学問、そして小児医療という医療が好きな医師の集まりなんですよ。幅広い分野に興味があって、成長と発達に興味がある、という人が集まらねばなりません。

 私自身は小児がん、小児血液腫瘍学が専門です。特に移植に従事してきました。だから以前は九州がんセンターにいたんですよ。小児がんは、数は少ないが確実にいます。

大変ですが、誰かが診なければなりません。

―徳島大学にもいたんですよね。

 はい、12年間。故郷が徳島県の名西郡、神山町なんです。高校まで徳島で育ちました。徳島大学では末梢血管細胞移植の臨床開発研究などを行ないました。医師になる理由の一つに「自分の好きな地域で働ける」ということがあります。医師は自分の意思で住む場所を決められます。職業としてのメリットの一つです。

 聖路加国際病院で働いたことも大きかったですね。NPO法人こども医療ネットワークの立ち上げ時には恩師(細谷亮太前聖路加国際病院副院長・小児科部長)が副理事長になってくれました。

 学生に「なぜ小児科医になったんですか」と質問されますが、「何となく」と言うわけにもいきませんから「全身を診たかったので」と答えています。

 当時は総合医を養成する考え方が希薄でしたから、部分だけを診るわけではないことに大きな魅力を感じたことは事実です。でも実際は縁でしょうね。患者さん、恩師、仲間、スタッフ。めぐり合わせです。でも自分が嫌なことや苦手なことは長続きしませんから、本当は、やっぱり好きだったんでしょうね。親御さんと話すことも苦手ではなかった。嫌いなら辞めています。

 だから学生には、好きな部門に進まなきゃならないと指導しています。

 大学教授は教育係ですよ。今では診療は少しです。若いころは自分がやりたいことをやるってことに夢中で、学生教育に熱心ではなかったのですが、今は教えることが楽しいですね。やり甲斐がある。

 毎年新しい若者を見て、一人前になる姿を見ることがうれしいです。若者と話す時は、夢を語らなきゃならないじゃないですか。夢を語っていると、自分もその気になるんです。自分もポジティブになる。これはすごく良い職業だぞと知りました。

―趣味は何でしょう?

 教授になってから子供を授かり、その後家内を癌でなくし、今、父子家庭で2人の子育てをしているんですよ。

 だからなかなか趣味にふけったりはできないんです。ゴルフなどは楽しかったですが、今はとても。

 今朝も上の子が調子悪くて遅れてきたんですが、病棟や外来を持ってたらそんなことはできません。教授だから出来ることで、世間の父子家庭のお父さん方はもっと苦労していますよ。母子家庭も大変ですが、父子家庭へのサポートはそれ以上に少ないので。

 この歳になって子育てをして子供たちの発達支援の視野が広がりました。若い時に子供を授かっていたら、仕事に邁進して気付けなかったことかも知れません。

 片親の増えた時代であるにもかかわらず、学校行事はいまだに標準世帯をだけを相手にした仕組みですから、大変です。もう少し現状に則して欲しいですね。安倍首相が唱える育休三年でも「3歳まで子供を〈母親が〉可愛がらなくてはいけない」というジョン・ボウルビィの間違った理論、「ボウルビィの亡霊」を持ち出しています。周囲の大人が可愛がれば子供は健全に育つことが証明されているのに。母親に育児を押し付ける、男性優位の社会の考え方だと思います。医療制度も中央で決めますので、どうしても都市部の事情で作られるように思います。税金は都市部から多く出ていますから、都市部に多く還元する考え方で良いと思いますが、ルールまで都市部に合わせていては地方で不都合も多い。僻地や離島にも配慮した政治をお願いしたいです。

【記者の目】
 本紙588号で、鹿児島大学医学部創立70周年記念式典の模様をお伝えしたが、河野教授もこの式典の準備を担当され、忙しかったそうだ。
鹿児島の医療の発展には、ウイリアム・ウィリスという英国人が大きく関わっており、式典でも大きくとりあげられた。この人物は土佐藩藩主を診療するなど、当時の中枢に近い。東大医学部の前身に当たる東京医学校で教授を務めてもいる。鹿児島でのみ有名なのはもったいないし、もっと知られてほしいものだと思う。 (平増)

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