新しい時代で生まれたものと変わっていくもの

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長崎大学 第二外科 移植・消化器外科  教授 江口 晋

インタビュー中に何度か江口教授の院内携帯電話が鳴った。現場の医師が指示を求める内容のようだった。「僕もまだ、半分は現場の人間ですから」。教授は苦笑いしながら電話を胸ポケットに仕舞った。

―江口先生の先輩にあたる年代と、ずっと若い外科医とに相違点があるとすれば。

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【Profile】
1992 長崎大学医学部卒
1993 長崎市民病院研修医
1994 米国Cedars Sinai 医療センター外科
1998 長崎大学移植・消化器外科医員
1999 長崎記念病院外科
1999 国立対馬病院( 現中対馬病院) 外科医長
2000 長崎県立島原温泉病院外科
2003 オランダGroningen 大学病院肝移植・肝胆膵外科
2005 長崎大学移植・消化器外科助教。以降、同大学講師、准教授を経て2012 教授。

私の働いている大学病院は昔も今も、最後の砦的な色合いが強いのは同じでしょうが、今はアメリカ型になってきていると言えるかもしれません。

先輩の外科医は、「自分が手術した患者は最後まで診るのが宿命だ」とおっしゃっていました。私が医者になったころはそんな時代でした。

でもこの20年間で、そんなことをしていたら大学病院の機能自体が回らなくなり、高度医療以外のことは他の医療機関に頼らざるを得ないという状況になってきました。そのため、患者や家族との間の本当に親密な信頼関係みたいなことは少し希薄になっていると思います。開業医の友だちに頼むと、「そこはこっちが引き受けるから安心しろ」と言われます。

大学病院の外科医として手術だけできれば、やりがいはたしかにありますし経営的にもいいわけです。しかし先ほど言ったような人情味のある関わりは薄れていきます。

その一方で、以前はそれで忙殺された面もありました。一度でも診療した患者さんの容態が悪くなれば休日でも出かけることになり、家族サービスも出来ない状況があったわけです。

そこは一長一短ですが、今は大学病院では専門の手術をどんどんやり、移植医療や再生医療などの研究に時間を割けるようになりました。そこは私の育った時代とは違ってきましたね。

このごろ病院に入ってくる若い医師たちが期待

しているのは、やはり専門医志向というか、スーパードクターをめざす人が多いので、外科医の世界も変わってきました。

でもそのような状況で大学病院だけにいたら将来困るかもしれない。ここ(大学病院)の現実と外とは違いますからね。だから若い医師には地方の病院にも行ってもらうし、中小規模病院などでいろんな経験をしたほうがいいと話しています。

在宅医療は高いモチベーションで

―これから在宅医療が重要視され、親密な信頼関係が開業医に求められることになるのでは。

それを開業医さんが、各々1人でやっていたら身が持たないですよね。冒頭に言った負担が別の場所に移動するだけです。高齢化したたくさんの患者さんを抱えて、今度は地域の医療がつぶれてしまう。でもそれをまた大学病院が引き受けるかというと、機能の分担という点できびしいです。

長崎では全国に先駆け、開業医さんが「認定NPO長崎在宅ドクターネット」を作り、在宅医療で助け合う仕組みを作り始めています。先進的なモデルとして雑誌やテレビでも紹介されたようです。

長崎大学でも緩和医療とか、痛みや栄養のコントロールとか、地域と連携しながらやっています。でも地域医療では一律に動いてもらうことはむつかしく、モチベーションのある先生が必要になります。そういったマンパワーが揃い、大学もいろんな情報のアップデートを、講習会を開いたりして広げていく。そのようにして、大学病院の医師から在宅医へ、病院看護師から訪問看護師への連携をしっかりすることで、患者さんも安心して地域医療を受けられるでしょう。

私は4つの目標を挙げ、私にだけ見える場所に掲示してあるんですが(笑)、その1つに「国際化を考える」があります。アジアのドクターを招いて地域で研修してもらうとか、もう少し鎖国意識を取っ払えば、方法はいくつもみつかると思います。

単純な動機が、長続きさせる

―若い外科医は仕事のリスクをどう見ていますか。

今の若い医師を見ていると、以前よりもバーバルなコミュニケーションがとても上手だということが、まずあります。また、職業として、やりがいのあることを見つけたいという思いは、人として今も昔も変わらないんじゃないかなと思いますよ。最近は環境が良くなって、当直システムとかも負担がかからないように工夫しています。

私自身も20年前に外科医になったのは、移植や高度な手術をやりたいという強い意志やイメージがあったわけではなく、けがをした人をだれかが治療しなくちゃいけない、自分の手を動かしてそれができるなら外科医になろう、と思ったんです。単純かもしれないけど、そこがないと踏み込めないし、長続きしないですよ。そうこうするうちにいろんな出会いがあって、肝臓移植をするようになりました。

今の若い人は個人主義で、1人でいることが多いようですが、いつの時代でも人と出会うことは大切です。

私の立場から言うと、出会いのない人にチャンスはなかなかやってこないと思います。

―「引きこもりの切なる願いは、彼女がほしい!」だそうです。でも無理ですよね(笑)。

そうですよね、ある時期は少し積極的に、人に会いに出かけたり訪問を受けたりしないと、チャンスがめぐってくる可能性は低いと思います。

―趣味はありますか。

家内と2人でジョギングすることです。子供のことなんか話しながらね。仕事で夜になってしまうんですが。あとは子供と遊んだり、ほかには読書かなあ...。オランダに留学していた時は横山秀夫の小説を日本から送ってもらっていました。

チーム医療の幹と枝

―「チーム医療」という言葉をよく聞きますが、その真髄は何でしょう。

外科の立場から言わせてもらうと、手術の時がまさにそうです。執刀医が最大のパフォーマンスを出すためには、そばで補助してくれる人たちがすべてを分かっている必要がある。助手の人たちが「させられている」と思っていたのではうまくいかないんですよ。

私の持論ですが、チーム医療というのは目的意識を共有していなければならず、そのためには主たる外科医が周囲の人からリスペクト(=敬意を持たれること)されていなければならないんです。

さらに、患者さんにベストなパフォーマンスを出すためには、1人ではできないことを、主たる外科医もふくめて全員が知っておく必要があります。そうしないと外科手術はうまくいきません。

術前と術後管理ということでは、完全に役割分担してしまって、入れ替わり立ち替わりでは、効率はいいかもしれませんが、患者さんから見ると、チームの幹(みき)が見えない。患者さんには、大きなものに包まれているという安心感が必要でしょうね。だからチーフにはネクタイをするように言っています。だれがボスか患者に分かるようにしてくれとね。幹が見えなくて枝ばかり見せても患者さんは不安でしょう。私も必ず診療科長として総回診をするようにしています。

強い影響を受けた人はいますか。

メンターの兼松隆之先生から、「外科医は子供のようなみずみずしい好奇心と、大人の豊富な知識を持っていなければならない」と教わりました。

好奇心を失ったら想像力もわかないし、未来の患者さんを治療できないです。次代の人を育てる教育もそうですよね。日ごろは目の前のことでバタバタしていますが、それだけは忘れないようにしています。


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