シリーズ“病院長に聞く” ―西福岡病院― 中垣充院長

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サンディエゴから北京へ、そして福岡
医療の道から学んだのは、 「人にやさしく」

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【PLOFILE】
1947年八女市生まれ。九大医学部卒業後、九大第一外科に入局。心臓外科、消化器外科専攻。研究は胆石成因論。1981年〜1983年カリフォルニア大学サンディエゴ校消化器内科留学。帰国後九大第一外科講師。1986年より1年間、中国北京市中日友好医院外科に胆石専門家として派遣。1990年浜の町病院外科部長、九大非常勤講師、臨床教授併任、診療部長などを経て現在に至る。医学博士。

北に今津湾、生の松原を望む風光明媚な場所にある西福岡病院は昭和30年に設立され、57年の長きに渡って福岡西部の中核病院としての機能を果たしてきた。地域住民の立場に立つ病院づくりを掲げる同院はいかにして最適な医療提供を実現しようとしているのか、中垣充院長が語った。

Q―はじめに、院長は医師としてどのような道を歩まれてきたのですか。

修猷館高校を経て九大医学部を卒業し、九大の第一外科へ勤務したのが医師としての始まりです。そして1981年から83年まで米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校に胆石の研究のために留学し、1988年から国の仕事で1年間、北京市中日友好医院で外科医療指導をしました。その後、九大の講師や浜の町病院に勤めたあと定年をむかえ、当院の院長に就任しました。それからおよそ4年が経ちました。

Q―海外時代の印象深い思い出があるとすれば?

米国で最初に目に飛び込んできたのはカリフォルニアの太陽と空気でした。あれは実際にその場にいないと味わえないものです。そして頭上を銃弾が飛び交う事件に遭遇したこと。米国の良い面も悪い面も見てきましたが、医療の合理性とともに、学歴よりも契約社会・成果主義というものを学びました。

ところで記者さんに聞きますが、当時の米国で、日本人の研究者といえば誰だったと思いますか。

Q―うーん、どなたですか。

野口英世なんですよ。もっとも米国時代の私のボスが、ロックフェラー研究所にいたことも関係あるのでしょうが、当時、野口英世がとても尊敬されていたのは事実です。

私も同じ医師であり、多国籍留学生たちの中でも唯一の日本人でしたから、「自分も日の丸を背負っているんだ」という自覚がありました。だからこそ成果主義の米国で、メジャーのジャーナルに成果を発表できたのだと思います。

中国では歴史に親しむことも多く、孔子のいう「忠恕」(ちゅうじょ=自分の良心に忠実で、他人への思いやりが深いこと)という言葉を知ったことは、今日までの人生に大きな影響を与えています。私は、常にこの言葉を念頭において患者さんに接してきました。

Q―洋の東西を問わず医師として経験を積んだ立場から、西福岡病院の特徴はどんな点でしょう。

大きな特徴としては3つあります。

第1は当院が結核の療養所として開設された経緯からもご理解いただけるように、今も福岡市内で唯一の結核病棟を持っていることです。

結核は克服された病気というイメージがあるかと思いますが、現在でも、他の病気、たとえば糖尿病や臓器移植後の免疫抑制治療、メタボリックシンドローム、がんなどの治療によって免疫が低下し、その結果結核を発症することが多いのです。このことは医師の間でもあまり知られていません。結核は、現在でもなお克服すべき病気です。また結核患者が人工透析を行えるのは福岡県西部で当院だけであるというのも特徴ですね。

第2の特徴として、当院はケアミックス型の治療を採用するとともに、地域医療連携の観点から、松尾内科医院、今津赤十字病院とともに、「地域連携の会」という勉強会を開催しています。今年で6回目の開催を迎え、100人近い医療関係者が活発な議論を交わしています。そして第3の特徴は緩和ケア病棟の存在。人としての尊厳をいかに保つか。これはとても大切なことです。癌治療経験の外科医と腫瘍内科のコラボが強力です。

Q―若い医師や看護師などに対する教育は、どのような点に気を使っていますか。

何よりも、患者目線に立って接すべきだと教えています。これは医師・看護師とも同じです。また当院は、研修医の教育施設にも指定されていますので、教育には相当尽力しています。現在でも九大病院の医師が老人医療について研修中です。

現場で重要なのは、どれだけ患者のために尽くせるのかという点です。特に看護師の存在は重要です。どのような患者さんも不安を抱えているんです。そんな患者さんに立ったまま話すのではなく、腰を下ろして目の高さを合わせ、「どうしました?」と言えるような看護師を育てることが重要なのです。当院は早い段階で訪問・老人看護に力を入れてきましたが、こちらでも同様です。

Q―ずっと続けている趣味はありますか。

テニスは学生時代からやっていました。テニスコートさえあればどこでもできますからね。海外でのストレスはテニスが出来たからはねのけられたと思っています。あまり上手ではありませんが。

今後は、もしも時間が取れたら、若い医師に向けてのメッセージも込めて、「サンディエゴから北京まで」というタイトルで、医師として歩いてきた生涯を一冊にまとめたいですね。

【取材を終えて】
医師の経験や教育について熱く語る姿に温かい人柄がにじみ出ていた。中国での日本首脳との交わりや、副主席クラスを治療した話など、海外での話題には事欠かなかった。
かつて浜の町病院で執刀した患者の相当数が今も中垣院長を慕っているという事実は、その人柄によるものに思われた。現代医療においてもなお、医は仁術なのだ。(内)

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