シリーズ”病院長に聞く” 第6回:ふるさと対馬への思いがいつもあった。

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福岡和白病院 伊藤翼院長

福岡和白病院 伊藤翼院長

病院屋上に待機する医療搬送用ヘリ、ホワイトバードと伊藤院長。右は救急センター長の冨岡譲二医師

今年10月1日、福岡和白病院に心臓・脳・血管センターが開設された。同院は継続的なカンボジアの医療支援や、医療搬送用ヘリを所有するなど、高度医療、総合医療、そして地域医療と国際医療支援を続ける先頭に立つ、伊藤翼院長に話を聞いた。

―― 小さい頃はどんな子どもでしたか。将来は何になりたかったですか。

私は昭和17年に、対馬(長崎県)に1軒だけある造り酒屋の息子として、8人兄弟の7番目に生まれました。当時わが家には、子どもが乳離れしたら酒を飲ませるという家風があって、私も2歳のころから父親の晩酌に付き合っていたそうです。猪口にほんの少しですけどね。それに、杜氏(とうじ=酒を作る職人)や蔵男(杜氏の部下)も面白がって飲ませるんですよ。でも弟が2歳になった時点で、晩酌の権利は弟のものになりました。
小学生のころは広い酒蔵や大きな木の樽を利用して、友だちとかくれんぼをよくやったものです。父親は私を、僧職か医者か大工にしたかったようですね。このどれかで対馬の役に立ってほしいと。
対馬の中学を卒業し、姉が筥崎宮の近くに住んでいたので、そこに下宿して福岡高校に通いました。当時は工学部全盛の時代でしたが、父親の言葉から「医者」を思い出して九大医学部に進みました。

――ずいぶん長く米国におられたようですね。

九大附属病院で外科研修医をやったあと、1971年から76年までアメリカでインターンや外科レジデントとして勤務しました。ニューヨークのスラム街に病院があって、当時はベトナム戦争の影響で、ドラッグと暴力で街は荒れており、運び込まれる患者は銃やナイフで重傷を負った人たちばかり。それでもアメリカは契約社会ですから、すぐに手術が必要な患者にも承諾書をもらわなければなりません。意識がもうろうとしているのに「このまま死にたい?」、「じゃあ、手術を希望する?」と尋ねてサインをもらうわけです。サインに同意せず、腹から飛び出した腸をシーツでぐるぐる巻いて病院を去った猛者もいましたよ。

次の勤務地フロリダはとても過ごしやすかったですね。そのころには米国の医師免許証や永住権も取得し、開業も可能だったのですが、座敷が恋しくて帰国しました。妻はむこうで暮らしたかったようですが。

――和白病院が運営しているカンボジアの子ども病院は日本の評判をとても高めているそうです

蒲池真澄現会長が中心になって設立し、サポートは13年続いています。当院の職員と関連病院を合わせて3千人くらいが、毎月500円を積み立てて資金を作り、ようやくカンボジア人の医師が心臓を手術できるまでになりました。来年早々、13年記念式典を行なう予定です。今でも当院の研修医は必ずカンボジアで医療に携わることになっていて、病院の手助けや無医村訪問をしています。貧しい国ですから、今後も支援するつもりです。
またタイのバンコク病院とも近々提携することになりました。日本人も多く暮らしているので、詳しい検査などの役に立てればと思いますね。

――帰国後もいくつかの病院に行かれてますね

筑波大、そして佐賀大にも長くいて、対馬の病院に副院長として戻って来ないかという話もありました。うれしいのは和白病院が3年前から所有している「ホワイトバード」(医療搬送用ヘリ)で、民間病院では全国で当院だけですね。もちろんパイロットも常駐です。
今までに400回くらい患者を搬送しましたが、そのうちおよそ100回は対馬などの離島で、ようやく対馬に貢献できる場所に戻って来たという気持ちでした。ほかにもホワイトバードは、消防本部や行政の依頼で、災害救助演習に空から参加することもよくあります。

心臓・脳・血管センター内のナースステーション

心臓・脳・血管センター内のナースステーション

――10月1日に「心臓・脳・血管センター」がオープンしました

この病院は24時間365日、救急医療を目的としていますから、たえず先端の救急救命を目指す必要があるわけです。HNVC(心臓・脳・血管センター)は、従来それぞれに疾患診療をしていた循環器内科と心臓血管外科、それに脳神経外科と放射線科を1つにまとめた診療ユニットで、より迅速的な対応ができるようになりました。

――医師は相当ハードなのでは?

いくら疲れていても、忙しくても、救急患者は絶対に断るなと言い続けてきたんです。命を助けたよろこびは絶対に忘れないよと教えてきました。
患者にとって最高の医療、質の高い医療を心がければ、①患者に選ばれ、②医療職員やスタッフに選ばれ、③周辺の開業医や診療所に選ばれ、④救急隊に選ばれ、⑤行政に選ばれ、経営的にも選ばれる要素が増えます。
若い研修医には、和白病院から海外に羽ばたいてほしいので、アメリカやヨーロッパの学会にも参加させています。

冨岡医師からもらった名刺

冨岡医師からもらった名刺にある言葉

――これからの若い医師に何を望みますか

外科系は忙しくて敬遠される傾向にありますが、私は「チャレンジしがいのある仕事だから、体力もあって頭も柔らかな若いうちは、決して逃げずに、苦労を買って出た方がいい」と言いたいですね。
その関連として、11月13日には県下の高校生16人を当院に招き、動物の心臓を使って実際に手術を体験させるセミナーをやります。高校生の時に医者に憧れ、医学部に進んで医者になる、という動機付けをしておくわけです。実際に手術場を見てもらったりもしますから、ぜひ取材に来てください。日本外科学会にも外科医不足への危機感があって、中学生を対象にして同様のことをやる動きもあります。外科医を目指す子どもたちを増やしたいですね。

黒麹仕込いも焼酎・伊藤

雑談もふくめて1時間ほどの取材を終えると、「そういえばこんな物が届いたよ」と、伊藤院長が院長室の隅から出してきたのが「黒麹仕込いも焼酎・伊藤」。対馬初の焼酎なのだという。
生家は今も酒造りをしており、淡紫色の紙箱の裏には「河内酒造合名会社醸」とあった。記者さんみんなで味わってくれと言われたので、この焼酎をインタビュー記事の中に書いてもいいかと聞くと、「我が家の繁栄のためにどんどん書いてくれ」とのことだった。
自社に持ち帰り、読者プレゼントにしようかとの案もあったが、結局、みんなの胃袋に収まった。
で、味の方だが、栓をあけると芋焼酎特有の甘い香りが部屋を満たし、「これはコクがあるね」とか「上品な味」とかの評が出た。ぜひお試しください。

【河内酒造合名会社】
崎県対馬市美津島町雞知甲490-1
電話番号:0920-(54)-2010

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