コラム 第2回 郭医師の残した「一枚の風景画」

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台湾の南西部にある台湾で生まれ、太平洋戦争後に渡米して医師となり、向こうで没した郭英明という台湾人がいたことを知る人は、もはやほとんどいそうにない。私が彼の存在を知ったのは、ある調査で二度ほど台湾の地を訪れ、終戦当時中学生だった台湾人に聞き取り調査をした時のこと。すでに郭氏は他界されていたが、「竹園慕情」という同窓誌に「人の一生は一枚の風景画に例えられる」という題で、次の日本語文章を寄せていた。少々長いため編集部で三つに分けてもらった。

▼「風景画は遠景、中景、近景がバランスよく書き込まれて一つの安定を得る。遠景は幼少の思い出である故郷の山河を示し、雲は少年の夢を示している。中景にある平野は自己のアイデンティティを確定していく時代を示しており、最も重要な部分だ。そして近景に示された落葉樹の大木は、社会活動から引退した状況を示しており、美しい紅葉が少しずつ落ち始めている。人の一生はその生涯をかけて、この一枚の絵を描いてゆく道程だといってよいだろう」

▼「老年に入ってしみじみと、自分が描き続けた風景画を眺めて、人は深い感慨を持つものだ。この感慨は、老いの進行とともに変わり始める。『老い』という色眼鏡をかけて眺めると、遠景・中景・近景の三景のバランスとそれぞれの意味が少しずつ変容していく。まず遠景が、少しずつ次第に大きく浮かび上がってくる。幼少のころを思い出しては、故郷の山河を思い出し、おふくろの味が好ましくなって、望郷の念が深まるのである。中景もさらに大きく大きく変容する。中景は生きた証とでもいうべきさまざまな記録や成果がいっぱい詰まっており、人生を支えてきた素晴らしく甘味なジュースが充満している。だが、老いによってこの中景の風景が変わっていく。次第に甘味なジュースが減少し、その代わりに支柱が太く硬くなっていき、中景の構造を支えるようになる。こうして、見かけは体裁を保ってはいるが、その内面は次第に荒涼たる風景に変容していく」

▼「近景には老いを背にした日常生活があるのだが、この近景が大きく膨張していく。日常における不自由さが前面に出揃い、毎日の生活を不自由にする。人生五十年の時代にはこの近景がなく、人生の成熟途上で死亡するから、ある意味では幸せだったのかもしれない。このように、老いていくことは人生の遠景と近景が大きく意味を持つようになり、最も大切な中景の内部がどんどん空虚になっていくことだともいえる」

私の出会った台湾のお年寄りは豊かな教養と品性を身につけていた人が多かった。郭氏の文章にも知性の高さや情緒の豊かさ、観察眼の鋭さが感じられる。日本に統治された戦前の台湾で差別を感じるなどの苦労もあっただろうが、全体として郭氏は成功者としての人生を獲得したはずだ。でも寄稿文を読んでみると、やはり老いの寂しさや悲しさが見て取れる。彼の晩年はこの風景がますます色濃くなっていったに違いない。

文・コバルト色の空


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