食道癌術後のGERD,逆流性食道炎発生に関するpH・ビリルビンモニタリングの意義

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久留米大学 外科(食道グループ)西村光平,田中寿明,的野吾,永野剛志,藤田博正

食道癌は従来予後不良な疾患として知られてきた。しかし、近年では集学的治療の発展とともに術後成績は向上し、根治切除例では約50%の5年生存率が得られるようになった。そして長期予後の向上とともにQOLを損ないかねない様々な問題も生じている。そのひとつが食道術後の胃食道逆流症(Gastroesophageal reflux disease: GERD)による逆流性食道炎である。

近年、本邦でも食生活の欧米化に伴いGERD症例が増加している。GERDは逆流性食道炎の原因となり、食道潰瘍や食道狭窄,さらには長期間継続することによりバレット食道やバレット食道腺癌を引き起こすことも知られている。我々久留米大学外科食道グループでは食道癌治療を主に行っており、外科治療のみならず内視鏡治療,化学放射線治療患者も多く治療している。本稿では食道癌患者のQOLに関する研究の一つとして我々が行っている食道癌術後のGERD,逆流性食道炎の発生に関する研究の一端を紹介する。

食道癌手術では再建臓器として胃(胃管)を主に用いる。しかし手術により食道胃接合部は失われ、結果として逆流防止機構は消失することになる.また迷走神経は当然のことながら同時に切除され、腸管運動減弱をきたすことになる。これらが主因となり食道癌術後にはGERDやそれに伴う逆流性食道炎が高率に発生する。当科での食道切除・頸部食道胃吻合術後の逆流性食道炎の発生率は約40%だった。また、頸部食道胃吻合術後では咽頭から数cm肛門側の部位まで胃が挙上されており、胃内容の逆流による咽喉頭炎や誤嚥の危険性もある。

ここで問題は、逆流と症状が必ずしも相関しないことでありGERDの病態を複雑にしている。炎症は高度に存在するにも関わらず、逆流症状が乏しい症例も多いのである。この点からも食道癌術後症例における客観的なGERDの評価が必要であった。

我々の教室では食道手術後の再建胃管内の酸度の変化や逆流性食道炎の発生原因を追究するため、2002年よりpHモニタリング(胃酸の測定)、2004年よりはビリルビンモニタリング(十二指腸液の測定)も加えて研究を行って来た。逆流性食道炎の発生原因として,まず胃酸の食道内逆流が主要因と考えられるが,これまで食道切除・食道胃吻合術後には迷走神経切除の影響で胃管内酸度は相当に低下(症例によっては無酸)すると考えられていた。

しかし、多くの逆流性食道炎患者を経験していたことから、はたして食道癌術後の胃管内酸度は変化するのか検討した。食道切除・頸部食道胃吻合術後の患者で術前・術後に胃(胃管)内の酸度を24時間pHモニタリングを用いて比較した。その結果、胃管内の酸度は術前と比し、術後・術後1年目ともに有意に低下していた。しかし術後に胃管内酸度は確かに低下するが殆どの患者である程度の胃管内酸度は保たれていることも明らかとなった。また、酸度の低下には年齢・性別・胃潰瘍の既往の関与は無かったが、胃内(胃管内)のヘリコバクター・ピロリ菌の感染が関係していることも判明した。

ピロリ菌感染のある患者では、非感染患者に比べ胃内(胃管内)の酸度が有意に低下していたのである。

さらに逆流性食道炎患者ではGERDの主因が胃酸と考えられていたためプロトンポンプインヒビター(PPI)が投与されることが多い。PPIを投与しても無効な患者が多く(約3割)存在することも知られている。かつてはGERDの原因を調べる手段としてpHモニタリングのみが行われていた。酸逆流は胃酸の逆流を反映し、アルカリ逆流は十二指腸液の逆流を反映すると考えられていた。しかし、ビリルビンの食道粘膜への病原性も基礎的検討から明らかにされ、アルカリ逆流が必ずしも十二指腸液のみの逆流を反映するものではないことが明らかとなった。

現在ではGERDやDGER(Duodenogastroesophageal reflux)研究ではPHモニタリングとともにアルカリ逆流の指標としてビリルビンモニタリングが使用され、その研究が行われている。

そこで、当科でもビリルビンモニタリングを用いて、まず十二指腸液の逆流が食道癌術後の胃管内の酸度に影響を与えるかについての検討を行った。同様に食道切除・頸部食道胃吻合術後の患者を対象とし、24時間pHモニタリングおよびビリルビンモニタリングを用いて、胃内(胃管内)の酸度と十二指腸液の逆流を術前・術後・術後1年で測定した。当研究においても術後の胃管内の酸度は有意に低下していた。

また、この変化は胃管の上部および下部において同等だった。ピロリ菌の感染の影響に関しても同様であり、感染陽性の患者で、陰性の患者に比し、胃内(胃管内)の酸度は有意に低下していた。一方、十二指腸液の胃内(胃管内)への逆流は、術前と比し、術後・術後1年目ともに増加していた。多変量解析では再建胃管内の酸度に影響を与えている因子は術前の胃内のピロリ菌の感染・術後のピロリ菌の感染と十二指腸液の胃内への逆流・術後1年の再建経路であることが判明した。また、十二指腸液の胃内への逆流は術後では胃管内の酸度を有意に低下させていたが、術後1年ではその影響を認めなかった。

上記の結果から食道切除・頸部食道胃吻合術後の患者において、再建胃管内の酸度はピロリ菌感染患者では術前に比べ有意に低下するが、非感染患者では低下しない、また十二指腸液の胃内逆流は、術後早期では胃管内酸度を低下させるが、術後長期では影響を与えないことが明らかとなった。

次に十二指腸液逆流,つまりアルカリ逆流が食道癌術後の逆流性食道炎発生に与える影響について検討した。そこで、同様に食道切除・頸部食道胃吻合術後の患者を対象として、24時間pHモニタリングおよびビリルビンモニタリングの結果と内視鏡所見の比較検討を行った。逆流性食道炎の発生は約3割に認めた。逆流性食道炎を認める患者では、逆流性食道炎のない患者に比べ食道内への酸逆流時間・十二指腸液の逆流時間が長く、ピロリ菌の感染が陰性である患者が多かった。また、ピロリ菌の非感染患者では、逆流性食道炎の発生には酸逆流・十二指腸液逆流ともに影響を与えていた。

しかし、ピロリ菌感染患者では、十二指腸液の逆流が逆流性食道炎の発生に影響していたが、酸逆流は影響を与えていなかった。このことからピロリ菌感染患者では食道内への十二指腸液の逆流のみが逆流性食道炎の発生に関与していることが判明し、十二指腸液の逆流の予防の重要性が示唆された。なお、逆流のタイプを酸のみの逆流・十二指腸液のみの逆流・酸と十二指腸液の混合逆流の3タイプに分けて逆流性食道炎の発生をみると、胃酸のみ・十二指腸液のみの逆流では、重症食道炎は発生しておらず、胃酸・十二指腸液の両方が混合逆流を来した場合にのみ重症食道炎の発生は認められ,逆流性食道炎発生にアルカリ逆流が強く関与していることが示唆された。

上記をまとめると、食道癌術後の胃管内酸度にはピロリ菌感染の有無が強く関与し,術後逆流性食道炎の発生ならびに重症化には十二指腸液(アルカリ)逆流が重要である、ということになる。

食道癌治療はこれまで予後向上を第1の目的として先人達が努力してきた.そしてわが国の食道癌治療成績は欧米のそれを遥かに凌駕する。食道癌外科治療において長期予後の向上を目指すとともに、これからは術後のQOLの低下を予防し、いかに維持させるかいう点も重要になってくるであろうと考えている。

食道癌外科治療に携わるものがやらねばならないことはまだまだ多く残されている。

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